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ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる
清き川原に千鳥しば鳴く

歌の意味
夜が更けていくと、久木の生えている清らかな川原に、千鳥がしきりに鳴いている。
鑑賞
巻第六 雑歌 925

詞書は前の歌に続き「反歌二首」
 夜が更けていくにつれて、久木の生えている吉野川の清らかな川原に千鳥がしきりに鳴くと詠む歌である。夜の静けさの中に響く千鳥の声によって、吉野の宮の清らかさを讃えている。静かな夜の景を音でとらえた叙景歌として、赤人の代表作の一つに数えられている。
 直前の長歌(第九百二十三首)は「山部宿祢赤人が作る歌二首」の一首目で、聖武天皇の吉野の宮を、青垣のような山々に囲まれ、清らかな川の流れる河内として讃え、大宮人が常に通うであろうと結んでいる。作歌の年次は記されていないが、神亀二年(725)五月の笠金村の吉野行幸の歌の次に置かれている。
 作者の山部赤人は奈良時代前期の宮廷歌人で、聖武天皇の時代を中心に行幸に従い、多くの歌を残した。官位や経歴は明らかでないが、清らかな叙景歌に優れ、古今和歌集の仮名序では柿本人麻呂と並び称されている。

 前歌の第九百二十四首が昼の山の鳥の声を詠んだのに対し、本歌は夜の川原の千鳥の声を詠み、昼と夜、山と川の対をなしている。また結句「千鳥しば鳴く」は、神亀二年の笠金村の長歌である第九百二十首の「上辺には千鳥しば鳴く」と同じ句であり、吉野の川辺の景として千鳥が繰り返し詠まれている。
 初句「ぬばたまの」は、檜扇の実である黒い「ぬばたま」から、「夜」「黒」などにかかる枕詞である。
 二句「夜の更けゆけば」は、夜が更けていくとの意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。時の移りゆきを示している。
 三句「久木生ふる」は、久木が生えているの意である。久木はキササゲ、またはアカメガシワとされる木で、川原の景を具体的に描いている。
 四句「清き川原に」は、清らかな川原にの意で、長歌の「川なみの清き河内」を受け、吉野讃歌の「清き」の語を用いている。
 結句「千鳥しば鳴く」は、千鳥がしきりに鳴くの意で、「しば」は、しばしば、たびたびの意である。夜の静けさの中に千鳥の声を響かせて一首を結んでいる。

ぬばたま:檜扇の実。黒いことから夜、黒の枕詞となる
ひさぎ:キササゲ、またはアカメガシワとされる木
ちどり:水辺に群れて鳴く小鳥
作者
山部赤人
出典
万葉集
前の歌
み吉野の象山の際の木末には ここだも騒く鳥の声かも
次の歌
あしひきの山にも野にも御狩人 さつ矢手挟み騒きてあり見ゆ