海人娘女棚なし小舟漕ぎ出らし
旅の宿りに楫の音聞こゆ
- 歌の意味
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海人の娘たちが棚なし小舟を漕ぎ出すらしい。旅の宿りに楫の音が聞こえる。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 930
詞書は前の歌に続き「反歌二首」
旅の宿りで楫の音が聞こえてくるのは、海人の娘たちが小さな舟を漕ぎ出したかららしいと詠む歌である。都の人である作者が、行幸先の難波の浜辺の宿で、耳に届く楫の音から海人の暮らしを思い描いている。
直前の長歌(第九百二十八首)は「冬十月、難波の宮に幸せる時に、笠朝臣金村が作る歌」と題され、神亀二年(725)十月、聖武天皇の難波行幸に従った折の作である。長歌は、古びた里と人々が思っていた難波の国に、かつての長柄の宮のように宮殿が高く造られ、味経の原に廬を構えた百官によって都ができたと讃えている。
前歌で都となった難波を讃えたのに続き、本歌は行幸に従う者の旅情を詠んでいる。天皇の都としての難波の姿と、旅先の海辺の情趣とを反歌二首で詠み分けたものである。
作者の笠金村は奈良時代前期の歌人で、元正天皇から聖武天皇の時代にかけて行幸に従い、多くの讃歌を残した宮廷歌人である。山部赤人と並び、この時期を代表する歌人とされる。
下の句「旅の宿りに楫の音聞こゆ」の「楫の音聞こゆ」は、本巻の第九百三十四首の初句から二句「朝なぎに楫の音聞こゆ」と同じ句であり、どちらも音から海人の舟を推し量る趣向をとっている。また「海人娘女」は、第九百三十五首の長歌や第九百三十六首の「玉藻刈る海人娘子ども」にも詠まれ、行幸の歌における海辺の景の代表となっている。
初句「海人娘女」は、海辺で漁などをして暮らす海人の娘たちの意である。
二句「棚なし小舟」は、舟棚、すなわち船べりに取り付ける板のない小さな舟の意である。
三句「漕ぎ出らし」は、漕ぎ出すらしいの意で、「らし」は根拠のある推定を表す助動詞である。ここで意味が切れる三句切れの歌で、推定の根拠は下の句で示される。
四句「旅の宿りに」は、行幸に従う旅の宿所にの意で、作者が旅の身であることを示している。
結句「楫の音聞こゆ」は、楫の音が聞こえるの意である。姿は見えず音だけが聞こえることで、三句の推定の根拠となり、旅の宿の静けさと海辺の情趣を伝えている。
あまをとめ:海辺に住み漁などをして暮らす海人の娘
たななしをぶね:船べりの板を付けていない小さな舟
かぢ:舟をこぐ道具、櫂や櫓
やどり:旅先で泊まる所
- 作者
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笠金村
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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荒野らに里はあれども大君の 敷きます時は都となりぬ
- 次の歌
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白波の千重に来寄する住吉の 岸の埴生ににほひて行かな