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朝なぎに楫の音聞こゆ御食つ国
野島の海人の舟にしあるらし

歌の意味
朝なぎの中に楫の音が聞こえる。御食つ国である淡路の野島の海人の舟であるらしい。
鑑賞
巻第六 雑歌 934

詞書は前の歌に続き「反歌一首」
 朝なぎの海に楫の音が聞こえてくるのは、天皇の食膳に海の幸を奉る国、淡路の野島の海人の舟であるらしいと詠む歌である。楫の音から、天皇に仕えるために舟を出す海人の姿を思い描き、天皇の御代を讃えている。
 直前の長歌(第九百三十三首)は「山部宿祢赤人が作る歌」と題され、天地や日月のように長く大君が難波の宮で国を治め、御食つ国である淡路の野島の海人が海の底の鰒玉を採って舟を並べて仕えるさまを尊いと讃えている。題詞に年月は記されていないが、難波行幸の歌群の中に置かれている。
 野島は淡路島の北西部、現在の兵庫県淡路市野島のあたりとされる。難波の宮から見渡す海の向こうの海人の舟を、音によってとらえた歌である。
 作者の山部赤人は奈良時代前期の宮廷歌人で、聖武天皇の時代を中心に行幸に従い、多くの歌を残した。官位や経歴は明らかでないが、清らかな叙景歌に優れ、古今和歌集の仮名序では柿本人麻呂と並び称されている。

 本歌の「楫の音聞こゆ」は、本巻の第九百三十首の結句と同じ句で、どちらも楫の音から海人の舟を推し量る趣向をとる。第九百三十首が旅の宿りで楫の音を聞く旅情を詠むのに対し、本歌は朝なぎの海に天皇に仕える海人の舟を思い描いており、同じ難波の歌群の中で趣を異にしている。
 初句「朝なぎに」は、朝の風が止んで海が穏やかな時にの意である。
 二句「楫の音聞こゆ」は、楫の音が聞こえるの意で、ここで意味が切れる二句切れの歌である。音を先に示し、下の句でその正体を推し量る構成である。
 三句「御食つ国」は、天皇の食膳に供える海産物などを献上する国の意で、淡路を指し、次の「野島」を修飾している。
 四句「野島の海人の」は、淡路の野島に住む海人のの意で、長歌の「淡路の野島の海人」を受けている。
 結句「舟にしあるらし」は、舟であるらしいの意で、「し」は強意の副助詞、「らし」は根拠のある推定を表す助動詞である。二句の楫の音を根拠として推し量っている。

あさなぎ:朝、風が止んで海が穏やかになること
かぢ:舟をこぐ道具、櫂や櫓
みけつくに:天皇の食膳に供える食物を献上する国
のしま:淡路島北西部の地名
作者
山部赤人
出典
万葉集
前の歌
白波の千重に来寄する住吉の 岸の埴生ににほひて行かな
次の歌
玉藻刈る海人娘子ども見に行かむ 舟楫もがも波高くとも