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玉藻刈る海人娘子ども見に行かむ
舟楫もがも波高くとも

歌の意味
玉藻を刈る海人の娘たちを見に行くための舟と楫があればよいのに。たとえ波が高くても。
鑑賞
巻第六 雑歌 936

詞書は前の歌に続き「反歌二首」
 玉藻を刈る海人の娘たちを見に行くための舟と楫があればよいのに、たとえ波が高くてもと詠む歌である。海の向こうの淡路島にいる海人娘子たちへの憧れを、どんな荒波でも越えて行きたいという強い願いとして述べている。
 直前の長歌(第九百三十五首)は「三年丙寅の秋九月十五日、播磨国の印南野に幸せる時に、笠朝臣金村が作る歌」と題され、神亀三年(726)九月、聖武天皇の播磨国印南野への行幸に従った折の作である。長歌は、名寸隅の舟瀬から見える淡路島の松帆の浦に、玉藻を刈り藻塩を焼く海人娘女がいると聞きながら、見に行く手立てがなく、舟楫のないことを嘆いて恋い慕う心を述べている。
 反歌は長歌の結び「舟楫をなみ」を受け、舟楫がないという嘆きを、舟楫があればという願望へと転じている。行幸先の土地の人々に心を寄せることで、その地を讃える趣向である。
 作者の笠金村は奈良時代前期の歌人で、元正天皇から聖武天皇の時代にかけて行幸に従い、多くの讃歌を残した宮廷歌人である。山部赤人と並び、この時期を代表する歌人とされる。

 本歌の「海人娘子」は、本巻の第九百三十首の初句「海人娘女」と同じ語で、難波行幸と印南野行幸の歌がともに海人の娘たちを海辺の景の中心に置いている。
 初句「玉藻刈る」は、美しい藻を刈るの意で、次の「海人娘子」を修飾する。長歌の「玉藻刈りつつ」を受けている。
 二句「海人娘子ども」は、海人の娘たちの意で、「ども」は複数を表す接尾語である。
 三句「見に行かむ」は、見に行くためのの意で、「む」は婉曲を表す助動詞の連体形として次の「舟楫」を修飾している。
 四句「舟楫もがも」は、舟と楫があればよいのにの意で、「もがも」は願望を表す終助詞である。長歌の「舟楫をなみ」を願望の形に転じており、ここで意味が切れる四句切れの歌である。
 結句「波高くとも」は、たとえ波が高くてもの意で、「とも」は逆接の仮定を表す。倒置の形で四句の願いに添えられ、どんな困難も越えて行きたいという思いの強さを示している。

たまも:美しい藻。玉は美称
あまをとめ:海辺に住み漁などをして暮らす海人の娘
ふなかぢ:舟と、舟をこぐ楫
作者
笠金村
出典
万葉集
前の歌
朝なぎに楫の音聞こゆ御食つ国 野島の海人の舟にしあるらし
次の歌
行き廻り見とも飽かめや名寸隅の 舟瀬の浜にしきる白波