- 歌の意味
-
沖の波も岸辺の波も静かなので、漁をしようとして、藤江の浦に舟が騒いでいる。
- 鑑賞
-
巻第六 雑歌 939
詞書は前の歌に続き「反歌三首」
沖の波も岸辺の波も静かなので、漁をしようと藤江の浦に多くの舟が出てにぎわっていると詠む歌である。穏やかな海と、そこに活気づく漁の舟を描くことで、行幸の地の豊かさと平穏を讃えている。
直前の長歌(第九百三十八首)は「山部宿祢赤人が作る歌」と題され、大君が治める印南野の藤井の浦で、鮪を釣る海人の舟が騒ぎ、塩を焼く人々が大勢いるさまを讃えている。神亀三年(726)九月の笠金村の印南野行幸の歌の次に置かれており、同じ行幸の折の作とみられる。本歌はその反歌三首の一首目である。
長歌の「藤井の浦」と本歌の「藤江の浦」は同じ地を指すとみられ、現在の兵庫県明石市藤江のあたりとされる。
作者の山部赤人は奈良時代前期の宮廷歌人で、聖武天皇の時代を中心に行幸に従い、多くの歌を残した。官位や経歴は明らかでないが、清らかな叙景歌に優れ、古今和歌集の仮名序では柿本人麻呂と並び称されている。
本歌の「騒ける」は、本巻の第九百二十七首の「騒きてあり見ゆ」と「騒く」の語を共有し、吉野の御狩のにぎわいと藤江の浦の漁のにぎわいとが、同じ語で描かれている。また本巻の第九百三十首や第九百三十四首が音から海人の舟を推し量ったのに対し、本歌は浦に集う舟を目の前の景としてとらえている。
初句「沖つ波」は、沖の波の意で、「つ」は「の」の意の古い連体助詞である。
二句「辺波静けみ」は、岸辺の波も静かなのでの意で、「〜を…み」の形で原因を表すミ語法である。初句の「沖つ波」と「辺波」を対にして、海全体の穏やかさを示している。
三句「漁りすと」は、漁をしようとしての意で、「と」は目的を表す。舟が出てきた理由を示している。
四句「藤江の浦に」は、播磨国の藤江の浦を示し、漁の舟が集う場所を定めている。
結句「舟ぞ騒ける」は、舟が騒いでいるの意である。係助詞「ぞ」を受けて、存続の「り」の連体形「る」で結ぶ係り結びで、多くの舟が行き交うにぎわいを強調している。
へなみ:岸辺に寄せる波
いざる:魚や貝をとる、漁をする
ふぢえ:播磨国の地名。現在の明石市藤江のあたりとされる
さわく:大勢が動き回ってにぎやかにする
- 作者
-
山部赤人
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
行き廻り見とも飽かめや名寸隅の 舟瀬の浜にしきる白波
- 次の歌
-
印南野の浅茅押しなべさ寝る夜の 日長くしあれば家し偲はゆ