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印南野の浅茅押しなべさ寝る夜の
日長くしあれば家し偲はゆ

歌の意味
印南野の浅茅を押し伏せて寝る夜が、日数を重ねて長くなったので、家のことが自然と偲ばれる。
鑑賞
巻第六 雑歌 940

詞書は前の歌に続き「反歌三首」
 印南野の浅茅を押し伏せて旅寝をする夜が幾日も続き、家が恋しく思われると詠む歌である。直前の長歌(第九百三十八首)は、神亀三年(726)九月、聖武天皇の播磨国印南野への行幸に従った山部赤人の作で、藤井の浦で海人が鮪を釣り、塩を焼くにぎわいと清らかな白浜を讃えている。
 長歌が行幸の地を公の立場から讃えたのに対し、この反歌は旅にある者の私的な思いを率直に述べている。行幸従駕歌において、土地讃めのあとに家郷への思いを添えるのは一つの型であり、この歌もその流れの中にある。
 作者の山部赤人は奈良時代前期の宮廷歌人で、聖武天皇の行幸に従って多くの讃歌を残した。自然の景を清澄に描く叙景歌に優れ、後世、柿本人麻呂と並んで歌聖と仰がれた歌人である。

 反歌三首は、前歌の第九百三十九首が藤江の浦に舟の騒ぐ景を讃え、本歌が旅寝の日数の長さから家を思い、次歌の第九百四十一首が帰路に家が近づく喜びを想像するという流れをもつ。長歌の讃美から、旅人としての私情へと移っていく構成である。
 初句「印南野の」は、播磨国の加古川から明石川にかけて広がる台地を指し、今の兵庫県加古川市から明石市のあたりにあたる。行幸の地の名を歌い出しに置いている。
 二句「浅茅押しなべ」は、丈の低い茅を押し伏せての意で、野に仮の寝床をしつらえる旅寝の様子を具体的に示している。
 三句「さ寝る夜の」の「さ」は語調を整える接頭語で、寝る夜の意である。
 四句「日長くしあれば」は、旅の日数が長くなったのでの意で、「し」は強意の副助詞である。八音の字余りの句で、結句で家を思う理由を述べる。
 結句「家し偲はゆ」の「し」は強意、「ゆ」は自発の助動詞で、自然と家が思い出されるという意である。本巻の第九百四十三首の結句「家思はずあらむ」とも、旅先で家を思う心において響き合っている。

いなみの:播磨国の地名。今の兵庫県加古川市から明石市にかけての台地
あさぢ:丈の低いちがや
おしなぶ:押し伏せる、押し靡かせる
しのふ:離れているものを思い慕う
作者
山部赤人
出典
万葉集
前の歌
沖つ波辺波静けみ漁りすと 藤江の浦に舟ぞ騒ける
次の歌
明石潟潮干の道を明日よりは 下笑ましけむ家近づけば