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島隠り我が漕ぎ来れば羨しかも
大和へ上るま熊野の船

歌の意味
島陰に隠れるようにして私が漕いで来ると、羨ましいことだ。大和へ上っていく熊野の船が。
鑑賞
巻第六 雑歌 944

詞書は前の歌に続き「反歌三首」
 島陰を縫って漕いで来ると、大和へ上っていく熊野の船が見え、それが羨ましいと詠む歌である。直前の長歌(第九百四十二首)は「辛荷の島を過ぐる時に、山部宿祢赤人が作る歌」と題され、妻と別れて船旅を続ける作者が、淡路の野島を過ぎ、辛荷の島の間から家の方を見やると、青山も白雲に隔てられて見えないと嘆いている。
 都を離れて西へ向かう作者の船と、大和の方へ上っていく船とがすれ違う一瞬をとらえ、家郷への思いを、見知らぬ船への羨望という形で言い表している。長歌で白雲に隔てられて見えなかった家の方角へ、他の船は向かっていくという対照が、望郷の念をいっそう強めている。
 作者の山部赤人は奈良時代前期の宮廷歌人で、聖武天皇の行幸に従って多くの讃歌を残した。自然の景を清澄に描く叙景歌に優れ、後世、柿本人麻呂と並んで歌聖と仰がれた歌人である。

 本歌の「大和へ上る」「羨しかも」は、本巻の第九百五十四首の「大和へ越ゆる雁し羨しも」と語句を共有し、大和へ向かうものを羨む構図が船と雁とで繰り返されている。
 初句「島隠り」は、島陰に隠れての意で、島々の間を縫うように進む船旅の様子を示している。次歌の第九百四十五首の「浦隠り」と対をなす語である。
 二句「我が漕ぎ来れば」は、私が漕いで来るとの意で、三句以下の情景に出会う契機を示している。
 三句「羨しかも」は、羨ましいことだの意で、「かも」は詠嘆の終助詞である。ここで意味が切れる三句切れの歌で、何が羨ましいのかは下の句で明かされる。
 四句「大和へ上る」は、都のある大和へ向かって行くの意である。都へ行くことを「上る」と言い、作者の向かう方角との対照を際立たせている。
 結句「ま熊野の船」の「ま」は美称の接頭語で、熊野で造られた船、あるいは熊野風の造りの船を指す。体言止めで結び、三句の「羨しかも」の対象を最後に示す倒置の構成になっている。

しまがくる:島陰に隠れる
くまののふね:紀伊国熊野で造られた船、また熊野風の造りの船
作者
山部赤人
出典
万葉集
前の歌
玉藻刈る唐荷の島に島廻する 鵜にしもあれや家思はずあらむ
次の歌
風吹けば波か立たむとさもらひに 都太の細江に浦隠り居り