古典和歌stream

梅柳過ぐらく惜しみ佐保の内に
遊びしことを宮もとどろに

歌の意味
梅や柳の盛りが過ぎてゆくのを惜しんで、佐保のあたりで遊んだことを、宮中も鳴り響くほどに騒ぎ立てられて。
鑑賞
巻第六 雑歌 949

詞書は前の歌に続き「反歌一首」
 梅や柳の盛りが過ぎるのを惜しんで佐保で遊んだだけなのに、それが宮中に鳴り響くほど咎められたと嘆く歌である。直前の長歌(第九百四十八首)は「四年丁卯の春正月、諸王諸臣子等に勅して授刀寮に散禁せしめたまふ時に作る歌」と題され、春日の山に雁の鳴く頃、仲間とともに遊びたいのに、大君の命をかしこんで道にも出られずにいる嘆きを述べている。
 左注によれば、神亀四年(727)正月、多くの王子や諸臣の子らが春日野に集まって打毬を楽しんでいたところ、にわかに空が曇って雨が降り、雷が鳴った。その時宮中に侍従や侍衛がいなかったため、勅によって罰せられ、皆授刀寮に留め置かれて、みだりに外へ出ることを禁じられた。この歌はその鬱憤を晴らすように詠まれたものである。授刀寮は宮中の警護にあたる授刀舎人を統べた役所である。
 作者は左注に「作者未詳」とあって確定できない。散禁された王子や諸臣の子らの一人とみられる。
 左注では遊びの場を春日野とするが、歌では「佐保の内」と詠まれている。いずれも平城京の東から北に接する行楽の地であり、若い貴族たちの春の遊びの場であった。

 初句「梅柳」は、梅と柳で、ともに早春を彩る景物である。都の春を代表する取り合わせとして、遊びに出た心をよく示している。
 二句「過ぐらく惜しみ」は、盛りが過ぎてゆくことを惜しんでの意である。「過ぐらく」は「過ぐ」を名詞化した言い方で、過ぎることの意となる。遊びに出たのは、この季節を惜しむ心からだったと弁明する調子を帯びている。
 三句「佐保の内に」は、佐保のあたりでの意で、平城京の北東、佐保川の流れる一帯を指す。本巻の第九百五十五首の「佐保の山をば」とも、都の人々の暮らす地として佐保を詠む点で通じている。
 四句「遊びしことを」は、遊んだことをの意で、自分たちのしたことはただの遊びにすぎなかったという思いがこめられている。
 結句「宮もとどろに」は、宮中も鳴り響くほどにの意で、下に「騒がれる」「咎められる」といった語が省かれた言いさしの形で結ばれている。些細な遊びが大ごとになったことへの憤りと嘆きが、この省略に余韻として残されている。

すぐ:盛りの時が過ぎ去る
さほ:大和国の地名。今の奈良市北部の佐保川の流域
さんきん:外出を禁じて一か所に留め置くこと
だきう:毬を杖で打って遊ぶ遊戯
出典
万葉集
前の歌
須磨の海女の塩焼き衣の慣れなばか 一日も君を忘れて思はむ
次の歌
大君の境ひたまふと山守据ゑ 守るといふ山に入らずはやまじ