- 歌の意味
-
韓衣を着なれるという奈良の里の島松に、玉を付けよう。よい人がいてくれたらなあ。
- 鑑賞
-
巻第六 雑歌 952
詞書は前の歌に続き「五年戊辰、難波の宮に幸せる時に作る歌四首」
奈良の里の庭の島の松に玉を付けて飾ろう、それを共に見るよい人がいてほしいと詠む歌である。題詞によれば、神亀五年(728)、聖武天皇が難波の宮に行幸した折に詠まれた四首の一つである。四首はいずれも行幸の讃歌ではなく、恋の思いを山や玉や松などに託して詠んだ歌となっている。
行幸先の難波にあって、奈良の都の家の庭を思い、松を飾って迎えたい相手を願う心を詠んでいる。「松」は「待つ」に通じ、人を待つ思いを帯びた景物として詠まれることが多い。
左注に「右は、笠朝臣金村が歌の中に出づ。或いは云はく、車持朝臣千年が作なりと」とあり、笠金村の歌集に収められていたが、車持千年の作とする伝えもあって、作者は定まらない。笠金村、車持千年はともに元正天皇から聖武天皇の時代にかけて行幸に従った宮廷歌人である。
なお原文の三句は「嶋待尓」と書かれ、「嶋」を「嬬」とする本もあって、「つままつに」と読む説がある。ここでは訓読に従い「島松に」とする。
初句「韓衣」は、大陸風の衣服のことで、それを「着なら(す)」の意から、同音の「奈良」を導く枕詞的な言葉となっている。
二句「着奈良の里の」は、「着なら」から「奈良の里」へと言いかけた句で、作者の家のある奈良の都を指している。
三句「島松に」は、庭の池に築いた島に植えた松にの意で、奈良の家の庭の景を思い描いている。
四句「玉をし付けむ」は、玉を付けて飾ろうの意で、「し」は強意の副助詞である。ここで意味が切れる四句切れの歌である。本巻の第九百五十一首の「かがよふ玉を」と、同じ四句に「玉」を置いて響き合っている。
結句「よき人もがも」は、よい人がいてほしいものだの意で、「もがも」は願望の終助詞である。飾った松を共に見る人を願う心で一首を結んでいる。
からころも:大陸風の衣服
しままつ:庭の池の中島に植えた松
なら:大和国の地名。平城京の置かれた地
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
見わたせば近きものから岩隠り かがよふ玉を取らずはやまじ
- 次の歌
-
さを鹿の鳴くなる山を越え行かむ 日だにや君がはた逢はざらむ