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朝は海辺にあさりし夕されば
大和へ越ゆる雁し羨しも

歌の意味
朝は海辺で餌をあさり、夕方になると大和へと越えて行く雁が、羨ましいことだ。
鑑賞
巻第六 雑歌 954

詞書「膳王の歌一首」
 朝は海辺で餌をあさり、夕方には大和へ山を越えて帰って行く雁を羨ましく思う歌である。朝夕に海辺と大和とを自在に行き来する雁の姿に、旅先にあって大和へ帰れない身の望郷の思いを託している。
 左注に「右は作歌の年審らかならず。但し歌の類を以て便ちこの次に載す」とあり、詠まれた年はわからないが、歌の内容が似ていることから、難波行幸の歌の後に配列されている。海辺は難波の海辺と考えられ、生駒や竜田の山を越えれば大和であるという距離感が、雁への羨望をいっそう切実なものにしている。
 作者の膳王は長屋王の子で、母は吉備内親王である。神亀六年(729)の長屋王の変に際し、父とともに自ら命を絶った。

 本歌の「大和へ越ゆる」「羨しも」は、本巻の第九百四十四首の「羨しかも大和へ上るま熊野の船」と語句を共有し、大和へ向かう船を羨む歌と、大和へ帰る雁を羨む歌とが、海と空とで対をなしている。
 初句「朝は」は、朝にはの意で、四音の字足らずの句である。三句の「夕されば」と対になり、朝と夕の時間の移りを示している。
 二句「海辺にあさりし」は、海辺で餌をあさっての意で、八音の字余りの句である。雁が海辺で過ごす昼の様子を描いている。
 三句「夕されば」は、夕方になるとの意で、「さる」は時がめぐって来ることをいう。
 四句「大和へ越ゆる」は、山を越えて大和へ向かって行くの意で、海辺と大和の間に山があることを思わせる。二句の「海辺」と対をなし、朝夕と海辺、大和という二組の対比で一首が組み立てられている。
 結句「雁し羨しも」の「し」は強意の副助詞、「も」は詠嘆の終助詞である。自由に大和へ帰る雁を羨む心で、望郷の思いを結んでいる。

あさる:鳥などが餌を探し求める
ゆふさる:夕方になる
かり:雁。秋に北から渡って来る鳥
作者
膳王
出典
万葉集
前の歌
さを鹿の鳴くなる山を越え行かむ 日だにや君がはた逢はざらむ
次の歌
さす竹の大宮人の家と住む 佐保の山をば思ふやも君