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やすみしし我が大君の食す国は
大和もここも同じとぞ思ふ

歌の意味
我が大君がお治めになる国は、大和もここも同じだと思う。
鑑賞
巻第六 雑歌 956

詞書「帥大伴卿の和ふる歌一首」
 我が大君のお治めになる国であるから、都のある大和もこの筑紫の地も同じだと思うと詠む歌である。前歌の第九百五十五首で石川足人が、都の佐保の山を恋しく思うかと問いかけたのに答えたものである。
 大宰帥という公の立場から、天皇の統治する国に遠近の別はないと述べ、望郷の念を打ち消している。しかし、あえて「同じとぞ思ふ」と強く言い切るところに、都への思いを抑えようとする心がうかがえるとも読まれている。
 作者の大伴旅人は大伴安麻呂の子で、家持の父にあたる。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年(730)に大納言となって都へ帰った。翌天平三年に没している。

 前歌が都の「佐保の山」を思うかと問うのに対し、本歌は「大和もここも」と都と筑紫とを並べて同じとし、問答の一対を結んでいる。
 初句「やすみしし」は、「我が大君」にかかる枕詞である。天下を安らかに治めるという意が込められているとされる。
 二句「我が大君の」は、天皇がの意で、公の立場から天皇を讃える言い方である。
 三句「食す国は」は、お治めになる国はの意で、「食す」は治めることの尊敬語である。
 四句「大和もここも」は、都のある大和も、この筑紫の地もの意である。前歌の「佐保の山」を、より大きな「大和」で受け止め、「ここ」と対置している。
 結句「同じとぞ思ふ」は、同じだと思うの意で、「おやじ」は「同じ」の古い形である。係助詞「ぞ」を受けて「思ふ」と連体形で結ぶ係り結びで、強く言い切っている。

をす:「治む」の尊敬語。お治めになる
くに:天皇の統治する国土
作者
大伴旅人
出典
万葉集
前の歌
さす竹の大宮人の家と住む 佐保の山をば思ふやも君
次の歌
いざ子ども香椎の潟に白栲の 袖さへ濡れて朝菜摘みてむ