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いざ子ども香椎の潟に白栲の
袖さへ濡れて朝菜摘みてむ

歌の意味
さあ皆の者、香椎の干潟で、白栲の袖まで濡らして、朝の菜を摘もう。
鑑賞
巻第六 雑歌 957

詞書「冬十一月、大宰の官人等、香椎の廟を拝み奉り、訖りて退り帰る時に、馬を香椎の浦に駐めて、各懐を述べて作る歌」「帥大伴卿の歌一首」
 さあ皆の者、香椎の干潟で袖まで濡らしながら朝の菜を摘もうと、部下たちに呼びかける歌である。冬十一月、大宰府の官人たちが香椎の廟に参拝し、その帰りに香椎の浦で馬を止めて、それぞれの思いを詠んだ三首の一つである。神亀五年(728)の冬のこととみられる。香椎の廟は仲哀天皇と神功皇后を祀る廟で、今の福岡市東区の香椎宮にあたる。
 参拝という厳粛な務めを終えたあとの、くつろいだ心持ちがうかがえる。長官である旅人が一同に呼びかける形で三首の最初に置かれ、次の二首がこれに続く構成になっている。
 作者の大伴旅人は大伴安麻呂の子で、家持の父にあたる。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年(730)に大納言となって都へ帰った。翌天平三年に没している。

 香椎の三首は、本歌が「香椎の潟」、次歌の第九百五十八首と第九百五十九首がともに三句に「香椎潟」を置き、同じ干潟を三人の官人がそれぞれの立場から詠み継いでいる。
 初句「いざ子ども」は、さあ皆の者との意で、目下の者たちに親しみをこめて呼びかける言い方である。「子ども」は部下の官人たちを指している。
 二句「香椎の潟に」は、香椎の浦の干潟での意で、潮が引いて現れた浜を指す。
 三句「白栲の」は、「袖」にかかる枕詞である。白い布で仕立てた衣の袖を思わせ、官人たちの装いを印象づけている。
 四句「袖さへ濡れて」の「さへ」は添加の副助詞で、袖までも濡らしての意である。官人たちが身なりもかまわずに興じる様子が浮かぶ。
 結句「朝菜摘みてむ」は、朝の食膳に供する菜や海藻を摘もうの意で、「てむ」は強い意志を表す。次歌の第九百五十八首の「玉藻刈りてな」と、同じく海辺での採集を誘う結句で対をなしている。

かた:潮が引くと現れる浜。干潟
しろたへ:楮などの繊維で織った白い布
あさな:朝の食膳に供する菜や海藻
べう:祖先や貴人の霊を祀る所
作者
大伴旅人
出典
万葉集
前の歌
やすみしし我が大君の食す国は 大和もここも同じとぞ思ふ
次の歌
時つ風吹くべくなりぬ香椎潟 潮干の浦に玉藻刈りてな