行き帰り常に我が見し香椎潟
明日ゆ後には見むよしもなし
- 歌の意味
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行き帰りにいつも私が見てきた香椎潟を、明日から後は見るすべもない。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 959
詞書は前の歌に続き「冬十一月、大宰の官人等、香椎の廟を拝み奉り、訖りて退り帰る時に、馬を香椎の浦に駐めて、各懐を述べて作る歌」「豊前守宇努首男人の歌一首」
行き帰りのたびにいつも見てきた香椎潟を、明日から後はもう見るすべもないと、別れを惜しむ歌である。冬十一月、大宰府の官人たちが香椎の廟に参拝し、その帰りに香椎の浦で馬を止めて、それぞれの思いを詠んだ三首の一つである。神亀五年(728)の冬のこととみられる。香椎の廟は仲哀天皇と神功皇后を祀る廟で、今の福岡市東区の香椎宮にあたる。
前の二首が干潟での採集を誘う明るい歌であったのに対し、この歌は同じ香椎潟をもう見られなくなるという惜別の思いを詠んでいる。「明日ゆ後には」とあることから、作者は豊前守の任を終えるなどして、この地を離れることになっていたとみられる。豊前の国府と大宰府との往来の途中で、たびたび香椎潟を目にしていたのであろう。
作者の宇努男人は、豊前国の国守を務めた官人である。
香椎の三首は、本歌が「香椎の潟」、次歌の第九百五十八首と第九百五十九首がともに三句に「香椎潟」を置き、同じ干潟を三人の官人がそれぞれの立場から詠み継いでいる。
初句「行き帰り」は、行きにも帰りにもの意で、豊前と大宰府との往来を思わせる。
二句「常に我が見し」は、いつも私が見たの意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。長く親しんできた景であることを示している。
三句「香椎潟」は、前歌の第九百五十八首と同じく三句に置かれている。前歌では採集の場であった香椎潟が、ここでは別れを惜しむ対象として詠まれている。
四句「明日ゆ後には」は、明日から後はの意で、「ゆ」は起点を表す助詞である。二句の「常に」と対比され、これまでとこれからとの隔たりを際立たせている。
結句「見むよしもなし」は、見る手だてもないの意である。二句の「見し」と結句の「見む」とが、過去と未来の対比をなし、別れの思いを深めている。
よし:手段、手だて
ぶぜんのかみ:豊前国の国守
- 作者
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宇努男人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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時つ風吹くべくなりぬ香椎潟 潮干の浦に玉藻刈りてな
- 次の歌
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隼人の瀬戸の巌も鮎走る 吉野の滝になほしかずけり