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奥山の岩に苔生し畏くも
問ひたまふかも思ひあへなくに

歌の意味
奥山の岩に苔が生しているように、恐れ多くもお尋ねくださることだ。思いもまとまらないことであるのに。
鑑賞
巻第六 雑歌 962

詞書「天平二年庚午、勅して擢駿馬使大伴道足宿祢を遣はす時の歌一首」
 恐れ多くも歌を所望してくださったが、急なことで思いもまとまらないと詠む歌である。題詞によれば、天平二年(730)、駿馬を選び求めるための使いとして大伴道足が筑紫に遣わされた折の歌である。
 左注によれば、勅使の大伴道足を大宰帥大伴旅人の家でもてなした日、集まった人々が駅使の葛井広成を誘って歌を作るよう求め、広成はその声に応じてただちにこの歌を吟じたという。宴の席で即座に詠まれた挨拶の歌であり、苔むした岩の神々しさを借りて求めのありがたさを述べつつ、謙遜して結んでいる。
 作者の葛井広成は、渡来系の氏族である白猪氏の出身で、養老四年(720)に葛井連の姓を賜った官人である。漢詩文に通じた文人として知られる。

 本歌の「畏くも」は、本巻の第九百六十五首の「畏みと」と同じく、身分の高い人への畏れを表す語であり、筑紫での宴と別れを詠む歌々をつないでいる。
 初句「奥山の」は、人里離れた奥深い山のの意である。
 二句「岩に苔生し」は、岩に苔が生えての意で、長い年月を経た神々しさを表している。初句と二句は、三句の「畏くも」を導く序詞となっている。
 三句「畏くも」は、恐れ多くもの意で、勅使をはじめとする人々から歌を求められたことへのかしこまった気持ちを表している。
 四句「問ひたまふかも」は、お尋ねくださることだの意で、「たまふ」は尊敬の補助動詞、「かも」は詠嘆の終助詞である。ここで意味が切れる四句切れの歌である。
 結句「思ひあへなくに」は、思いが十分にまとまらないのにの意で、「あへ」は十分にしおおせる意を表す。四句の後に理由を添える倒置の形で、即興の求めに応じる謙遜を示している。

こけむす:苔が生える
とふ:尋ねる。ここでは歌を求める意
あふ:動詞の下について、十分にしおおせる
えきし:駅馬を使って公用の旅をする使い
作者
葛井広成
出典
万葉集
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湯の原に鳴く葦鶴は我がごとく 妹に恋ふれや時わかず鳴く
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我が背子に恋ふれば苦し暇あらば 拾ひて行かむ恋忘貝