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おほならばかもかもせむを畏みと
振りたき袖を忍びてあるかも

歌の意味
あなたが並の身分の方であったなら、ああもこうもしようものを、恐れ多いので、振りたい袖をこらえていることだ。
鑑賞
巻第六 雑歌 965

詞書「冬十二月、大宰帥大伴卿の京に上る時に、娘子が作る歌二首」
 あなたが並の身分の方ならば思いのままに別れを惜しむものを、恐れ多いので、振りたい袖をじっとこらえていると詠む歌である。題詞によれば、大宰帥大伴旅人が都へ上る折に、娘子が詠んだ二首の一つである。
 左注によれば、天平二年(730)十二月、旅人は大納言を兼ねることとなって都へ向かい、その日、水城で馬を止めて大宰府の方を振り返った。見送る府の役人たちの中に、字を児島という遊行女婦がいて、別れはたやすく再会の難しいことを嘆き、涙を拭いながら袖を振る歌を吟じたという。水城は大宰府の北西を守るために築かれた土塁である。
 作者の児島は、左注に遊行女婦とある女性である。遊行女婦は、宴の席で歌や舞を披露して官人たちをもてなした女性で、歌の心得を持つ者も多かった。

 本歌と次歌の第九百六十六首は二首一対をなし、本歌が「振りたき袖を忍びてあるかも」と袖を振るのをこらえ、次歌が「我が振る袖をなめしと思ふな」と、ついに袖を振る心を詠んで、別れの思いの高まりを描いている。
 初句「おほならば」は、並の身分の方であったならばの意である。旅人が大納言となって都へ帰る高貴な人であることを意識した言い方である。
 二句「かもかもせむを」は、ああもこうもしようものをの意で、「を」は逆接を表す。思いのままに別れを惜しみたい心を示している。
 三句「畏みと」は、恐れ多いのでの意である。本巻の第九百六十二首の「畏くも」と同じく、身分の高い人への畏れを表している。
 四句「振りたき袖を」は、振りたい袖をの意である。袖を振るのは、別れの際に相手への思いを伝える所作であった。
 結句「忍びてあるかも」は、こらえていることだの意で、「かも」は詠嘆の終助詞である。振りたい思いを抑える姿に、かえって別れの悲しみの深さがにじんでいる。

しのぶ:こらえる、我慢する
うかれめ:遊行女婦。宴の席で歌や舞を披露した女性
みづき:大宰府の北西を守るために築かれた土塁
作者
児島
出典
万葉集
前の歌
我が背子に恋ふれば苦し暇あらば 拾ひて行かむ恋忘貝
次の歌
大和道は雲隠りたりしかれども 我が振る袖をなめしと思ふな