大和道の吉備の児島を過ぎて行かば
筑紫の児島思ほえむかも
- 歌の意味
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大和への道の途中にある吉備の児島を通り過ぎて行くならば、筑紫の児島のことが思い出されることだろうなあ。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 967
詞書「大納言大伴卿の和ふる歌二首」
大和へ向かう道すがら吉備の児島を過ぎるときには、筑紫の児島のことが思い出されるだろうと詠んだ歌である。大宰府を発つ大伴旅人が、見送りの遊行女婦児島の二首(第九百六十五首、第九百六十六首)に答えた二首の一首目である。
娘子の名の「児島」を、帰京の途中に通る吉備の児島という地名に重ねた機知の歌である。同じ名の土地を通るたびに筑紫の児島を思い出すだろうと答えることで、娘子の別れの嘆きをやわらかく受け止め、忘れはしないという情を伝えている。吉備の児島は現在の岡山県の児島半島にあたり、古くは海に浮かぶ島であった。
作者の大伴旅人は大伴安麻呂の子で、家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年(730)十二月に大納言に任じられて都へ戻った。翌天平三年(731)七月に従二位大納言で没している。
前歌の第九百六十六首の初句「大和道は」を、本歌は同じ「大和道の」で受けて答えており、贈答の呼応が明らかである。また「吉備の児島」と「筑紫の児島」を二句と四句に対置し、地名と人名の児島を重ねる構成になっている。
初句「大和道の」は、大和へ向かう道の意で、娘子の歌の初句をそのまま受けている。
二句「吉備の児島を」は、瀬戸内海の吉備国の児島をいう。帰京の船旅で通る地名であり、娘子の名と同じ「児島」を詠み込んでいる。
三句「過ぎて行かば」は、通り過ぎて行くならばの意である。「ば」は未然形に付いて仮定を表し、これから先の旅路を想定している。字余りの句である。
四句「筑紫の児島」は、筑紫にいる娘子の児島を指す。二句の「吉備の児島」と対をなし、地名を人名に転じる趣向の中心となっている。
結句「思ほえむかも」は、自然と思い出されるだろうなあの意である。「思ほゆ」は自然にそう思われるの意で、「む」は推量、「かも」は詠嘆である。意識せずとも思い出してしまうだろうと言うことで、別れの情の深さを示している。
やまとぢ:大和へ向かう道
おもほゆ:自然と思われる、思い出される
- 作者
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大伴旅人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大和道は雲隠りたりしかれども 我が振る袖をなめしと思ふな
- 次の歌
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ますらをと思へる我れや水茎の 水城の上に涙拭はむ