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ますらをと思へる我れや水茎の
水城の上に涙拭はむ

歌の意味
立派な男子だと自ら思っている私が、水城のほとりで涙をぬぐうことになるのだろうか。
鑑賞
巻第六 雑歌 968

詞書は前の歌に続き「大納言大伴卿の和ふる歌二首」
 ますらおだと自負している自分が、水城のほとりで別れの涙をぬぐうことになろうとは、と詠んだ歌である。遊行女婦児島の二首に答えた大伴旅人の二首の二首目で、前歌の機知に富んだ答えから一転して、自らの涙を率直に詠んでいる。
 左注にあるように、この日旅人は水城に馬を止めて大宰府を振り返っており、本歌の「水城の上に」はその場をそのまま詠み込んだものである。娘子が涙をぬぐって袖を振ったのに対し、旅人もまた涙をぬぐうと答え、別れの悲しみを分かち合っている。水城は天智天皇三年(664)に大宰府の防衛のために築かれた堤で、都へ向かう旅人がまず通る場所であった。
 作者の大伴旅人は大伴安麻呂の子で、家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年(730)十二月に大納言に任じられて都へ戻った。翌天平三年(731)七月に従二位大納言で没している。

 左注にいう娘子の「拭涕」に対し、本歌は結句で「涙拭はむ」と応じており、見送る側と見送られる側がともに涙をぬぐう対の構図になっている。また初句の「ますらを」は、本巻の第九百七十四首の「大夫の行くといふ道ぞ」など、この後に続く歌々にも繰り返し現れる語である。
 初句「ますらをと」は、立派な男子、勇ましい男子の意で、大宰帥として筑紫を治めた自らの立場を示している。
 二句「思へる我れや」は、そう自負している私がの意である。「や」は疑問の係助詞で、結句の「拭はむ」で結ぶ。ますらおの自負と、これから示す涙との落差を導いている。
 三句「水茎の」は、「水城」にかかる枕詞である。「みづくき」と「みづき」の音の重なりによってかかる。
 四句「水城の上に」は、水城の堤のほとりでの意である。旅人が馬を止めて大宰府を振り返った場所であり、別れの現場をそのまま示している。
 結句「涙拭はむ」は、涙をぬぐうことになるのだろうかの意で、二句の係助詞「や」を受けて連体形「む」で結ぶ係り結びである。ますらおを自負する者が涙を流すという意外さの中に、別れのつらさが込められている。

ますらを:立派な男子、勇ましい男子
みづき:水城。大宰府の北西に築かれた防衛のための堤
のごふ:ぬぐう
作者
大伴旅人
出典
万葉集
前の歌
大和道の吉備の児島を過ぎて行かば 筑紫の児島思ほえむかも
次の歌
しましくも行きて見てしか神なびの 淵はあせにて瀬にかなるらむ