かくしつつあらくをよみぞたまきはる
短き命を長く欲りする
- 歌の意味
-
こうしていることがよいので、短い命を長くあってほしいと願うのである。
- 鑑賞
-
巻第六 雑歌 975
詞書「中納言安倍広庭卿の歌一首」
このように過ごしていることが快いので、短い命であっても長くあってほしいと願うのだ、と詠んだ歌である。詞書に詠まれた場の記載はないが、「かくしつつ」は今この時の満ち足りた状態を指しており、その喜びがそのまま長寿への願いとなっている。
人の命は短いものと知りながら、今の時がよいからこそ長く生きたいと願うという、素直な生の肯定が一首の中心である。命のはかなさを嘆くのではなく、今の喜びを根拠に命を惜しむ点に、この歌の明るさがある。
作者の安倍広庭は右大臣阿倍御主人の子で、中納言に至った。天平四年(732)に没している。
本歌の結句「長く欲りする」は、本巻の第九百八十四首の「見まく欲りする」と同じ「欲りする」で結ばれている。また今夜の長さを五百夜分つないでほしいと願う第九百八十五首とは、短いものを長くあれと願う点で通じている。
初句「かくしつつ」は、このようにしながらの意で、「つつ」は継続を表す。今まさに過ごしている時の状態を指している。
二句「あらくをよみぞ」は、こうしてあることがよいのでの意である。「あらく」は「あること」の意の名詞的な言い方で、「よみ」は形容詞「よし」に「み」が付いて、よいのでと理由を表す。「ぞ」は強意の係助詞で、結句の「欲りする」で結ぶ。
三句「たまきはる」は、「命」にかかる枕詞である。
四句「短き命を」は、限りある短い人の命をいう。字余りの句である。枕詞「たまきはる」を受けて、命のはかなさをあらためて示している。
結句「長く欲りする」は、長くあってほしいと願うの意である。二句の係助詞「ぞ」を受けて連体形「欲りする」で結ぶ係り結びである。「短き」と「長く」を対置し、短い命を長くと願う心を際立たせている。
あらく:あること。「あり」を名詞化した言い方
ほる:欲る。望む、願う
- 作者
-
安倍広庭
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
大夫の行くといふ道ぞおほろかに 思ひて行くな大夫の伴
- 次の歌
-
難波潟潮干のなごりよく見てむ 家なる妹が待ち問はむため