難波潟潮干のなごりよく見てむ
家なる妹が待ち問はむため
- 歌の意味
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難波潟の潮が引いた後の名残をよく見ておこう。家にいる妻が待っていて、様子を尋ねるだろうから。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 976
詞書「五年癸酉、草香山を越ゆる時に、神社忌寸老麻呂が作る歌二首」
難波潟の潮が引いた後の景色をよく見ておこう、家で待つ妻がきっと尋ねるだろうから、と詠んだ歌である。詞書によれば、天平五年(733)、神社老麻呂が草香山を越えたときの作である。草香山は生駒山の西側、河内国の山で、大和から難波へまっすぐ越える道がここを通っていた。
山を越えて眼下に難波の海が開けたとき、その珍しい景色を、家に帰って妻に語って聞かせようと心に留めている。旅先の景を家で待つ妻への土産話とする発想に、旅にあっても妻を思う心がにじむ。
作者の神社老麻呂は奈良時代の官人で、姓は忌寸である。経歴は詳らかでない。
次歌の第九百七十七首とは、草香山から見下ろす難波の海を二首で詠む一対である。本歌が「難波潟」の潮干の景を家の妻へ伝えようとするのに対し、次歌は「難波の海」の名の由来に思いを及ぼしており、同じ景を身近な情と古い名の由来という二つの方向から捉えている。
初句「難波潟」は、難波の海の、潮が引くと干潟になる遠浅の海辺をいう。
二句「潮干のなごり」は、潮が引いた後に残る水たまりや、その跡の景色をいう。「なごり」は物事が過ぎ去った後に残るものの意である。
三句「よく見てむ」は、よく見ておこうの意で、「てむ」は強い意志を表す。ここで意味が切れる三句切れである。
四句「家なる妹が」は、家にいる妻がの意である。「なる」は存在を表し、遠く大和の家で待つ妻を思い浮かべている。
結句「待ち問はむため」は、帰りを待っていて尋ねるだろうからの意で、三句の「よく見てむ」の理由を後から述べる倒置の形になっている。
なごり:物事が過ぎ去った後に残るもの。潮が引いた後に残る水や景色
いも:妻や恋人を親しんでいう語
とふ:尋ねる
- 作者
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神社老麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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かくしつつあらくをよみぞたまきはる 短き命を長く欲りする
- 次の歌
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直越のこの道にしておしてるや 難波の海と名付けけらしも