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直越のこの道にしておしてるや
難波の海と名付けけらしも

歌の意味
直越のこの道においてこそ、「おしてるや難波の海」と名付けたのであるらしい。
鑑賞
巻第六 雑歌 977

詞書は前の歌に続き「五年癸酉、草香山を越ゆる時に、神社忌寸老麻呂が作る歌二首」
 直越のこの道から見下ろしてこそ、「おしてるや難波の海」と名付けたのであろう、と詠んだ歌である。天平五年(733)、神社老麻呂が草香山を越えたときの二首の二首目である。直越は大和から生駒の山を越えて難波へまっすぐ向かう道で、草香山を通っていた。
 「おしてるや」は難波にかかる枕詞で、一面に照り輝くの意と解される。峠から一面に日を受けて輝く難波の海を見下ろした作者は、古くからの枕詞がこの景から生まれたのだろうと納得している。目の前の景と言葉の由来とを結びつけた、発見の喜びの歌である。
 作者の神社老麻呂は奈良時代の官人で、姓は忌寸である。経歴は詳らかでない。

 前歌の第九百七十六首とは、草香山から見下ろす難波の海を二首で詠む一対である。前歌が「難波潟」の潮干の景を家の妻に伝えようとしたのに対し、本歌は「難波の海」の枕詞の由来に思いを及ぼしており、同じ景を身近な情と古い名の由来という二つの方向から捉えている。
 初句「直越の」は、山を越えてまっすぐ難波へ向かう道の名である。
 二句「この道にして」は、この道においての意である。「にして」は場所を示し、まさにこの道から見た景色だからこそという限定の気持ちがこもる。
 三句「おしてるや」は、「難波」にかかる枕詞である。一面に照り輝くの意と解され、峠から見た光あふれる海の景がその由来として示されている。
 四句「難波の海と」は、枕詞とともに一つの呼び名として引用されている。前歌の「難波潟」と並び、難波の地名を二首で共有している。
 結句「名付けけらしも」は、名付けたのであるらしいの意である。「けらし」は過去の事柄について根拠をもって推定する助動詞で、「も」は詠嘆である。昔の人が名付けた理由を、目の前の景によって納得している。

ただこえ:山を越えてまっすぐ目的地へ向かう道
なづく:名をつける
作者
神社老麻呂
出典
万葉集
前の歌
難波潟潮干のなごりよく見てむ 家なる妹が待ち問はむため
次の歌
士やも空しくあるべき万代に 語り継ぐべき名は立てずして