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春草は後はうつろふ巌なす
常盤にいませ貴き我が君

歌の意味
春の草はやがて色あせてしまう。巌のように変わることなく、いつまでもいらしてください、尊いわが君よ。
鑑賞
巻第六 雑歌 988

詞書「市原王の、宴にして父安貴王を祷く歌一首」
 春の草はやがて衰えてしまうが、巌のようにいつまでも変わらずにいてほしいと、父の長寿を祈った歌である。詞書によれば、市原王が宴の席で父の安貴王を祝って詠んだ歌である。
 はかなく移ろう春の草と、永遠に変わらない巌とを対比し、父が巌のように常に変わらず長く生きることを願っている。宴の席で年長者の長寿を祝う寿歌の形をとりながら、子が父を敬い慕う心がまっすぐに表れている。
 作者の市原王は安貴王の子で、志貴皇子の曾孫にあたる。のちに造東大寺長官などを務めた。

 本歌と次歌の第九百八十九首は、ともに宴の席の歌として並べられている。本歌が宴で父の長寿を祈るのに対し、次歌は宴の豊御酒に酔ったと詠んでおり、祝いの宴を二つの面から描いている。
 初句「春草は」は、春に萌え出る草をいう。係助詞「は」で取り立て、後の「巌」と対比させている。
 二句「後はうつろふ」は、やがては色あせ衰えるの意である。若々しい春草もいずれは衰えることを述べ、ここで意味が切れる二句切れである。
 三句「巌なす」は、大きな岩のようにの意で、「なす」は、のようにの意を表す。次の「常盤」を導き、変わらないものの象徴を示す。
 四句「常盤にいませ」は、永久に変わらずにいらしてくださいの意である。「常盤」は常に変わらない岩の意で、「いませ」は「あり」の尊敬語「います」の命令形である。二句の「うつろふ」と対照をなしている。
 結句「貴き我が君」は、尊いわが君よと父に呼びかける言葉である。体言止めで結び、敬愛の情を込めている。字余りの句である。

うつろふ:色あせる、衰える
いはほ:大きな岩
ときは:常に変わらない岩。永久不変であること
ほく:祝う、祝福の言葉を述べる
作者
市原王
出典
万葉集
前の歌
待ちかてに我がする月は妹が着る 御笠の山に隠りてありけり
次の歌
焼太刀のかど打ち放ち大夫の 寿く豊御酒に我れ酔ひにけり