茂岡に神さび立ちて栄えたる
千代松の木の年の知らなく
- 歌の意味
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茂岡に神々しく立って栄えている千代の松の木の、その年齢は知れないことだ。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 990
詞書「紀朝臣鹿人、跡見の茂岡の松の樹の歌一首」
跡見の茂岡に神々しく立ち、枝葉を茂らせて栄えている松の老木を見て、その樹齢が計り知れないと感嘆した歌である。千代を経たかと思われる松の古さに神の気配を感じ取り、土地の松を讃えることで、その地の永続をことほぐ心がこめられている。
跡見は大和国の地名で、現在の奈良県桜井市外山付近とされる。茂岡はその地の岡の名で、「茂」の字どおり木々の茂る岡であったと考えられる。松の長寿を讃える発想は、次歌の第九百九十一首で泊瀬川の流れが「絶ゆることなく」と詠まれることと呼応している。
作者の紀鹿人は奈良時代の官人で、紀朝臣の氏に属する。天平九年(737)に外従五位下に叙され、主殿頭、ついで大炊頭を務めた。万葉歌人の紀女郎(紀小鹿)はその娘とされる。
本歌と次歌の第九百九十一首は、ともに紀鹿人の作として並び、松の年の知れない古さと、泊瀬川の絶えることのない流れという、時の長さを二つの景で讃える対をなしている。
初句「茂岡に」は、松の立つ場所を示す。地名の茂岡に木々の茂る岡という印象が重なり、以下の「栄えたる」を導く。
二句「神さび立ちて」は、神々しく古びた様子で立っての意である。「神さぶ」は、年を経て神のような威厳を帯びることをいい、松の老木に神の宿る気配を感じ取った表現である。
三句「栄えたる」は、枝葉が茂って勢いよく栄えている様子をいう。古びた神々しさと、今なお盛んな生命力とが一本の松に重ねられている。
四句「千代松の木の」は、千年もの時を経た松の木の意である。「千代」は長寿を讃える語で、松を長寿の象徴とする見方がここにすでに表れている。
結句「年の知らなく」は、その年齢がわからないことだの意である。「知らなく」は「知らず」のク語法で、詠嘆をこめて言いさしている。松の齢が人の知り得る尺度を超えていることへの感嘆で一首を結ぶ。
かむさぶ:年を経て神々しくなる、古びて威厳を帯びる
ちよ:千年、きわめて長い年月
- 作者
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紀鹿人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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焼太刀のかど打ち放ち大夫の 寿く豊御酒に我れ酔ひにけり
- 次の歌
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石走りたぎち流るる泊瀬川 絶ゆることなくまたも来て見む