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石走りたぎち流るる泊瀬川
絶ゆることなくまたも来て見む

歌の意味
岩の上を走り、激しく逆巻いて流れる泊瀬川よ。その流れが絶えることのないように、絶えることなくまたも来て見よう。
鑑賞
巻第六 雑歌 991

詞書「同じ鹿人、泊瀬の河辺に至りて作る歌一首」
 岩の上をほとばしり、激しく流れる泊瀬川を前にして、この流れのように絶えることなく、また何度でも来て見ようと誓う歌である。川の流れの絶えないことに、自分が訪れ続けることを重ね合わせて、土地を讃える形をとっている。
 泊瀬川は大和国の初瀬(現在の奈良県桜井市初瀬)の谷を流れる川で、三輪山の麓を経て大和川に注ぐ。詞書の「同じ鹿人」は前歌の第九百九十首と同じ作者であることを示し、跡見から泊瀬へと、桜井の地をめぐった折の作と考えられる。「絶ゆることなくまたも来て見む」という言い方は、吉野などの行幸讃歌に見られる、川の流れの永続に訪れの永続を重ねる型に沿ったものである。
 作者の紀鹿人は奈良時代の官人で、紀朝臣の氏に属する。天平九年(737)に外従五位下に叙され、主殿頭、ついで大炊頭を務めた。万葉歌人の紀女郎(紀小鹿)はその娘とされる。

 前歌の第九百九十首が千代を経た松の齢を讃えたのに対し、本歌は泊瀬川の絶えない流れを讃え、ともに長い時の流れを主題とする。松の静と川の動という対照もある。
 初句「石走り」は、水が岩の上を勢いよく走り流れる意である。「石走る」は滝や激流などにかかる枕詞としても用いられるが、ここでは実景の描写として働いている。
 二句「たぎち流るる」は、水が逆巻き激しく流れる意で、初句の勢いをさらに強めている。
 三句「泊瀬川」で名詞で言い切り、ここで句切れとなる三句切れの歌である。上の句全体が泊瀬川の激流を描き、下の句の「絶ゆることなく」を導く序の働きもしている。
 四句「絶ゆることなく」は、川の流れが絶えないことと、自分の訪れが絶えないこととを重ねている。上の句の実景から下の句の誓いへと移る要の句である。
 結句「またも来て見む」は、また来て見ようの意で、「む」は意志を表す。再訪を誓うことで、この地の景を讃える気持ちを強く結んでいる。

いはばしる:水が岩の上を勢いよく流れる
たぎつ:水が激しく逆巻いて流れる
作者
紀鹿人
出典
万葉集
前の歌
茂岡に神さび立ちて栄えたる 千代松の木の年の知らなく
次の歌
故郷の飛鳥はあれどあをによし 奈良の明日香を見らくしよしも