月立ちてただ三日月の眉根掻き
日長く恋ひし君に逢へるかも
- 歌の意味
-
月が改まってまだ三日月のような眉を掻いて、長い間恋しく思っていたあなたに逢えたことだ。
- 鑑賞
-
巻第六 雑歌 993
詞書「同じ坂上郎女の初月の歌一首」
月が新しくなってわずか三日目の三日月のような眉を掻いたところ、長い日々恋しく思っていた人に逢うことができたと喜ぶ歌である。眉がかゆくなるのは恋しい人に逢える前兆とする当時の俗信を踏まえ、空の三日月と女性の眉とを重ね合わせている。
詞書の「初月」は三日月のことで、三日月を題として詠んだ歌である。「同じ坂上郎女」は前歌の第九百九十二首と同じ作者であることを示す。題詠でありながら、恋人との再会のよろこびを生き生きと描いている。
作者の大伴坂上郎女は大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。坂上の里に住んだことからこの名で呼ばれ、甥の大伴家持を後見し、娘の坂上大嬢はのちに家持の妻となった。万葉集を代表する女性歌人の一人である。
本歌と次歌の第九百九十四首は、ともに「初月の歌」と題され、坂上郎女と甥の大伴家持が三日月を眉に見立てて詠んだ対をなしている。本歌が自分の眉を掻いて恋人に逢えたよろこびを詠むのに対し、次歌は三日月を見て一目見た人の眉を思い出すと詠み、逢えた側と恋い慕う側という反転した構図をとる。
初句「月立ちて」は、月が改まって、新しい月になっての意である。「月立つ」は月の初めになることをいう。
二句「ただ三日月の」は、まだほんの三日月のような、の意である。月初めのわずか三日の月という時間の短さと、細い三日月の形とがあわせて示され、三句の「眉根」にかかる比喩となっている。
三句「眉根掻き」は、眉を掻いての意である。眉がかゆいのは恋人に逢える前兆とされ、自ら眉を掻いてその兆しを願うしぐさを描いている。二句までが「眉根」を導く序の働きをしている。
四句「日長く恋ひし」は、長い日々恋い慕っていたの意である。二句の「ただ三日月」というわずかな日数と、「日長く」恋い続けた長い時間とが対比されている。
結句「君に逢へるかも」は、あなたに逢えたことだの意で、「かも」は詠嘆を表す。眉を掻いた兆しがかなったよろこびで一首を結ぶ。
つきたつ:月が改まる、新しい月になる
まよね:眉、眉のあたり
- 作者
-
大伴坂上郎女
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
故郷の飛鳥はあれどあをによし 奈良の明日香を見らくしよしも
- 次の歌
-
振り放けて三日月見れば一目見し 人の眉引き思ほゆるかも