御民我れ生ける験あり天地の
栄ゆる時にあへらく思へば
- 歌の意味
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天皇の民である私は、生きている甲斐がある。天地が栄える時代に巡り合えたことを思うと。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 996
詞書「六年甲戌、海犬養宿祢岡麻呂、詔に応ふる歌一首」
天皇の民である自分は、天地とともに栄えるこの御代に生まれ合わせたことを思えば、生きている甲斐があると詠んだ歌である。天皇の詔に応えて献じた歌であり、御代の繁栄をことほぎ、その民であることのよろこびを率直に表している。
詞書の「六年甲戌」は天平六年(734)にあたる。「御民我れ」と自らを天皇の民と名のる力強い初句で知られ、太平洋戦争中の昭和十七年(1942)に選定された「愛国百人一首」にも採られた。
作者の海犬養岡麻呂は奈良時代の官人である。海犬養氏は宮城の門の守衛にあたった氏族であるが、岡麻呂自身の経歴は詳らかでない。
初句「御民我れ」は、天皇の民である私はの意である。「御民」は天皇の民を尊んでいう語で、自らをそう名のる力強い言い切りで歌い起こしている。
二句「生ける験あり」は、生きている甲斐があるの意である。字余りの句で、ここで意味が切れる二句切れとなり、以下はその理由を述べる倒置の構成をとる。
三句「天地の」は、天と地の意で、次の「栄ゆる」の主語となる。天皇の御代の繁栄を天地の規模で大きくとらえている。
四句「栄ゆる時に」は、栄える時代にの意である。天地が栄えるこの時を、天皇の治める御代として讃えている。
結句「あへらく思へば」は、巡り合えたことを思うとの意である。「あへらく」は「あふ」に完了の「り」がついたク語法で、巡り合っていることをいう。二句の「生ける験あり」の理由を倒置で示して一首を結ぶ。
みたみ:天皇の民
しるし:甲斐、効き目
あめつち:天と地、世界
- 作者
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海犬養岡麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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かくしつつ遊び飲みこそ草木すら 春は咲きつつ秋は散りゆく
- 次の歌
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住吉の粉浜のしじみ開けもみず 隠りてのみや恋ひわたりなむ