古典和歌stream

住吉の粉浜のしじみ開けもみず
隠りてのみや恋ひわたりなむ

歌の意味
住吉の粉浜のしじみが殻を開けないように、心を打ち明けることもせず、胸の内に秘めたままずっと恋い続けるのだろうか。
鑑賞
巻第六 雑歌 997

詞書「春三月、難波の宮に幸せる時の歌六首」
 住吉の粉浜のしじみが殻を閉じたまま開かないように、思いを打ち明けることもなく、心の中に隠したまま恋い続けるのだろうかと嘆く歌である。天平六年(734)三月、聖武天皇が難波宮に行幸した折の歌六首の一首である。行幸に従った人々が、難波の海辺の景物に寄せて詠んだ歌が並ぶ中で、本歌は浜のしじみを序として、秘めた恋の思いを詠んでいる。
 粉浜は住吉の浜の一部で、現在の大阪市住吉区粉浜の辺りとされる。行幸先の土地の名産を詠み込み、旅先で都に残した人を思う気持ちを、しじみの閉じた殻にたとえたものとみられる。
 左注に「右一首作者未詳」とあり、作者は明らかでない。

 本歌から第千二首までの六首は、天平六年の難波行幸の折の歌として一連をなし、住吉、阿波の山、茅渟、四極、住吉の岸と、難波周辺の海辺の地名が次々に詠み込まれている。本歌の「住吉」は、一連の最後の第千二首の「住吉の岸」と呼応し、一連の初めと終わりを住吉で囲む形となっている。
 初句「住吉の」は、摂津国の住吉を指す地名である。行幸の地である難波の近くの名所として詠まれている。
 二句「粉浜のしじみ」は、住吉の粉浜でとれるしじみの意である。初句から二句までが、行幸先の土地の景物を示している。
 三句「開けもみず」は、殻を開けてみることもせずの意である。しじみが殻を閉じたままであることをいい、ここまでの上の句が、心を開かずに隠していることを導く序詞となっている。
 四句「隠りてのみや」は、心の内に閉じこもってばかりいての意である。しじみが殻にこもるさまと、恋心を人に知られぬよう隠すさまとが重なる。「や」は疑問の係助詞で、結句の「なむ」と係り結びをなす。
 結句「恋ひわたりなむ」は、恋い続けることになるのだろうかの意である。「わたる」は時を経て続けることを表し、四句の係助詞「や」を受けて連体形「なむ」で結ばれている。

こはま:住吉の浜の一部で、現在の大阪市住吉区粉浜の辺り
しじみ:小さな二枚貝の一種
こひわたる:恋い続ける
出典
万葉集
前の歌
御民我れ生ける験あり天地の 栄ゆる時にあへらく思へば
次の歌
眉のごと雲居に見ゆる阿波の山 懸けて漕ぐ舟泊り知らずも