子らしあらばふたり聞かむを沖つ洲に
鳴くなる鶴の暁の声
- 歌の意味
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妻がここにいたら二人で聞こうものを。沖の洲で鳴いている鶴の、夜明け前の声を。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1000
詞書は前の歌に続き「春三月、難波の宮に幸せる時の歌六首」
旅先の難波で、夜明け前に沖の洲から聞こえてくる鶴の声を一人で聞き、妻がいたら二人で聞くものをと、都に残した妻を恋しく思う歌である。天平六年(734)三月、聖武天皇が難波宮に行幸した折の歌六首の一首である。左注に「右一首守部王の作」とある。
暁の静けさの中に響く鶴の声は、旅の孤独と妻への思いをいっそう際立たせている。行幸の華やかさの陰にある、従駕の人々の旅愁を伝える一首である。
作者の守部王は舎人親王の子で、奈良時代の皇族である。
本歌は、前歌の第九百九十九首と同じ守部王の作で、前歌が昼の海辺の雨と海人を詠んだのに対し、本歌は暁の沖の洲の鶴を詠み、昼の景と夜明け前の音という対照をなしている。
初句「子らしあらば」は、妻がいたならばの意である。「子ら」は妻や恋人を親しんで呼ぶ語、「し」は強意の助詞で、「あらば」は仮定を表す。
二句「ふたり聞かむを」は、二人で聞こうものをの意である。「を」は逆接的な詠嘆を表し、実際には一人で聞いている寂しさを示す。ここで意味が切れる二句切れの歌である。
三句「沖つ洲に」は、沖の洲にの意である。「つ」は「の」の意の古い格助詞で、鶴の声が聞こえてくる遠い場所を示している。
四句「鳴くなる鶴の」は、鳴いている鶴のの意である。「なる」は音や声によって推定する助動詞で、姿は見えず声だけが聞こえてくることを表している。
結句「暁の声」は、夜明け前の声の意で、体言止めによって、暗い海に響く鶴の声の余韻を残して一首を結ぶ。
こら:妻や恋人を親しんで呼ぶ語
おきつす:沖の洲
たづ:鶴
あかとき:夜明け前のまだ暗いころ
- 作者
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守部王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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茅渟廻より雨ぞ降り来る四極の海人 綱手干したり濡れもあへむかも
- 次の歌
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大夫は御狩に立たし娘子らは 赤裳裾引く清き浜びを