- 歌の意味
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勇ましい男たちは御狩りにお出かけになり、娘たちは赤い裳の裾を引いて歩く、この清らかな浜辺を。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1001
詞書は前の歌に続き「春三月、難波の宮に幸せる時の歌六首」
勇ましい男たちは天皇の狩りに出かけ、娘たちは赤い裳の裾を引いて清らかな浜辺を歩いていると、行幸の地のにぎわいを描いた歌である。天平六年(734)三月、聖武天皇が難波宮に行幸した折の歌六首の一首である。左注に「右一首山部宿祢赤人の作」とある。
男たちの狩りと娘たちの浜遊びを対句で並べ、白い浜に映える赤裳の色彩を印象的に描いている。行幸の華やぎを一つの絵のようにとらえた、叙景にすぐれた赤人らしい歌である。
作者の山部赤人は奈良時代前期の宮廷歌人で、聖武天皇の行幸に従って多くの讃歌や叙景歌を残した。後世、柿本人麻呂と並んで歌聖と称され、三十六歌仙の一人にも数えられる。
本歌の「赤裳」の赤と、次歌の第千二首の「岸の埴生」の土の色とは、ともに住吉の浜辺の色彩を詠み込み、行幸一連の終わりに鮮やかな彩りを添えている。
初句「大夫は」は、勇ましい立派な男子はの意である。行幸に従う官人たちを指し、次の「娘子らは」と対をなす。
二句「御狩に立たし」は、天皇の狩りにお出かけになりの意である。「御狩」は天皇の行う狩り、「立たし」は「立つ」に尊敬の「す」がついた形で、連用中止で三句以下へ続く。
三句「娘子らは」は、若い女性たちはの意で、初句の「大夫は」と対句を構成している。男たちと娘たちという二つの群れを並べることで、行幸の地のにぎわいを描き分けている。
四句「赤裳裾引く」は、赤い裳の裾を引いて歩くの意である。「裳」は女性が腰から下にまとう衣で、その赤い色が白い浜辺に鮮やかに映える。
結句「清き浜びを」は、清らかな浜辺をの意である。「浜び」は浜辺、「を」は動作の場所を示し、四句の「裾引く」を受けている。清らかな浜で一首を結ぶことで、行幸の地そのものを讃えている。
ますらを:勇ましく立派な男子
みかり:天皇の行う狩り
をとめ:若い女性
も:女性が腰から下にまとう衣
はまび:浜辺
- 作者
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山部赤人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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子らしあらばふたり聞かむを沖つ洲に 鳴くなる鶴の暁の声
- 次の歌
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馬の歩み抑へ留めよ住吉の 岸の埴生ににほひて行かむ