思ほえず来ましし君を佐保川の
かはづ聞かせず帰しつるかも
- 歌の意味
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思いがけずおいでくださったあなたに、佐保川のかじか蛙の声もお聞かせしないまま帰してしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1004
詞書「按作村主益人の歌一首」
思いがけずおいでくださった方に、佐保川で鳴くかじか蛙の声をお聞かせすることもなく、帰してしまったと悔やむ歌である。左注に「右は、内匠大属按作村主益人、聊かに飲饌を設けて、長官佐為王を饗す。未だ日斜つに及ばずして、王既に還帰す。時に益人、厭かずして帰るを怜惜みて、仍りてこの歌を作る」とあり、内匠寮の役人であった益人が、長官の佐為王をもてなしたところ、日が傾かないうちに王が帰ってしまったので、名残惜しく思って詠んだ歌と知られる。
夕方になれば佐保川のかじか蛙が美しく鳴き出すのに、その声を聞いていただけなかったという心残りを述べ、もてなしきれなかった主人の心を素直に表している。佐為王は美努王と県犬養三千代の子で、葛城王(のちの橘諸兄)の弟にあたる。
作者の按作益人は奈良時代の官人で、内匠寮の大属を務めた。按作村主は渡来系の氏族である。
本歌の左注に見える佐為王は、少し後の第千九首の左注で、兄の葛城王とともに橘の姓を賜った人物として再び現れ、巻の配列の中で人物のつながりを見せている。
初句「思ほえず」は、思いがけずの意である。「思ほゆ」の打消の形で、予期しなかった来訪を喜ぶ気持ちを示している。
二句「来ましし君を」は、おいでになったあなたをの意である。「ます」は尊敬の補助動詞、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、長官である佐為王への敬意がこめられている。
三句「佐保川の」は、平城京の東北を流れる佐保川を指す。佐保川はかじか蛙の名所として知られ、次の「かはづ」を導いている。
四句「かはづ聞かせず」は、かじか蛙の声をお聞かせしないでの意である。「かはづ」は清流に住み美しい声で鳴くかじか蛙をいう。夕方になれば鳴き出す声を聞いてもらえなかったことへの心残りが示されている。
結句「帰しつるかも」は、帰してしまったことだの意である。「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形、「かも」は詠嘆を表し、もてなしきれなかった悔いで一首を結ぶ。
かはづ:かじか蛙、清流に住み美しい声で鳴く蛙
ます:いらっしゃる、おいでになる
- 作者
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按作益人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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海女娘子玉求むらし沖つ波 畏き海に舟出せり見ゆ
- 次の歌
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神代より吉野の宮にあり通ひ 高知らせるは山川をよみ