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言問はぬ木すら妹と兄とありといふを
ただ独り子にあるが苦しさ

歌の意味
ものを言わない木でさえ、妹と兄とがあるというのに、ただ一人っ子であることの苦しさよ。
鑑賞
巻第六 雑歌 1007

詞書「市原王、独り子を悲しぶる歌一首」
 ものを言わない木でさえ妹と兄とがあるというのに、自分はただ一人の子であることがつらいと嘆く歌である。詞書の「独り子を悲しぶる」は、きょうだいのいない独り子であることを悲しむ意で、作者自身が一人っ子であることを嘆いたものとみられる。
 心をもたない木にさえ妹と兄があると言い、それと引き比べて人である自分の孤独を際立たせている。頼るべききょうだいのいない寂しさを、率直に表した一首である。
 作者の市原王は安貴王の子で、奈良時代の皇族である。官人として東大寺の大仏造営に関わり、造東大寺司の長官などを務めた。

 初句「言問はぬ」は、ものを言わないの意である。「言問ふ」はものを言う、話しかけることで、ものを言わない木を示している。
 二句「木すら妹と兄と」は、木でさえ妹と兄とがの意である。字余りの句で、「すら」は一つを挙げて他を類推させる助詞であり、心のない木でさえそうなのだから、まして人はという含みをもつ。
 三句「ありといふを」は、あるというのにの意である。字余りの句で、「を」は逆接を表し、木にさえきょうだいがあることと、自分の身の上とを対比させている。
 四句「ただ独り子に」は、ただ一人だけの子での意である。「ただ」がきょうだいのいない孤独を強調している。
 結句「あるが苦しさ」は、であることの苦しさよの意である。形容詞の語幹に「さ」をつけた名詞で言い切り、体言止めによって嘆きの思いを深く残して一首を結ぶ。

こととふ:ものを言う、話しかける
いも:男性から姉妹を呼ぶ語
せ:女性から兄弟を呼ぶ語
ひとりこ:きょうだいのいない一人の子
作者
市原王
出典
万葉集
前の歌
神代より吉野の宮にあり通ひ 高知らせるは山川をよみ
次の歌
山の端にいさよふ月の出でむかと 我が待つ君が夜はくたちつつ