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木綿畳手向けの山を今日越えて
いづれの野辺に廬りせむ我れ

歌の意味
木綿畳を手向ける手向けの山を今日越えて、どこの野辺で仮の宿りをすることになるのだろうか、私は。
鑑賞
巻第六 雑歌 1017

詞書「夏四月、大伴坂上郎女、賀茂神社を拝み奉る時に、便ち相坂山を越え、近江の海を望み見て、晩頭に還り来て作る歌一首」
 手向けの山を今日越えて、自分はどこの野辺に仮の宿りをすることになるのだろう、と旅の行く先を思う歌である。題詞によれば、天平九年(737)の夏四月、大伴坂上郎女が賀茂神社に参拝した折、そのまま相坂山(逢坂山)を越えて近江の海(琵琶湖)を眺め、夕暮れに帰って来て作った歌である。
 実際には日帰りの小旅行であったが、歌では峠を越えてさらに遠くへ旅を続け、野に宿る旅人の身に自らをなぞらえている。山城と近江の境である逢坂山を越えたことで、都を離れた旅の心細さと、新しい土地への心の弾みとが同時に表れている。
 作者の大伴坂上郎女は大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。旅人の没後は大伴家の家刀自として一族を支え、大伴家持にとっては叔母にあたり、のちに娘の坂上大嬢が家持の妻となって姑ともなった。万葉集の女性歌人のなかでも特に多くの歌を残している。

 初句「木綿畳」は、木綿を幾重にも畳んだもので、神への手向けに用いるところから「手向け」にかかる枕詞である。賀茂神社参拝の題詞とも響き合う。
 二句「手向けの山を」は、峠の神に幣を手向ける山の意で、ここでは題詞にある相坂山を指す。峠は旅人が道中の無事を祈る場所であった。
 三句「今日越えて」は、今日この山を越えての意で、境の山を越えたばかりの今の時点を示している。
 四句「いづれの野辺に」は、どこの野辺にの意で、疑問の語「いづれ」によって、この先の宿りがまだ定まらない旅の不安を表す。
 結句「廬りせむ我れ」は、仮の宿りをするのだろうか私はの意である。「む」は推量の助動詞で、四句の「いづれ」を受けて疑問の文となる。末尾に「我れ」を置く倒置の形で、旅の身である自分を印象づけて結んでいる。

ゆふたたみ:木綿を畳んだもの、手向けにかかる枕詞
たむけ:神に幣などを供えて旅の無事を祈ること
のへ:野のあたり、野原
いほる:仮小屋を作って宿る
作者
大伴坂上郎女
出典
万葉集
前の歌
海原の遠き渡りを風流士の 遊ぶを見むとなづさひぞ来し
次の歌
大崎の神の小浜は狭けども 百舟人も過ぐと言はなくに