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大崎の神の小浜は狭けども
百舟人も過ぐと言はなくに

歌の意味
大崎の神の小浜は狭いけれども、多くの船人も素通りするとは言わないのに。
鑑賞
巻第六 雑歌 1023

詞書は前の歌に続き「反歌一首」
 大崎の神の小浜は狭いけれど、多くの船人たちも素通りするとは言わないのに、と言いさして、流される身の自分はそこに立ち寄ることもできずに過ぎていく嘆きを込めた歌と解される。直前の長歌三首(第千十九首から第千二十二首)は「石上乙麻呂卿の土左国に配さゆる時の歌三首 并せて短歌」と題され、天平十一年(739)、石上乙麻呂が罪を得て土佐国へ流された折の歌である。
 長歌では、乙麻呂が大君の命を畏んで鄙へ下る姿、彼の無事な帰還を住吉の神に祈る妻の思い、そして畏の坂に幣を奉りながら遠い土佐道をたどる乙麻呂自身の嘆きが歌われている。本歌はその反歌として、紀伊の海路の途中にある大崎の小浜を詠み、船旅の途上の心情を一つの景に託している。大崎は紀伊国、現在の和歌山県海南市下津町の大崎とされる。
 作者は明らかでない。長歌三首とこの反歌は、乙麻呂自身の作とする説と、乙麻呂に同情した周囲の人物の作とする説があり、確定できない。石上乙麻呂は左大臣石上麻呂の子で、藤原宇合の未亡人である久米若売との事件によって土佐に配流され、のちに赦されて中納言に至った。

 初句「大崎の」は、紀伊国の地名で、流されていく海路の途中の土地を具体的に示している。
 二句「神の小浜は」は、神のいます小さな浜はの意で、「小浜」の「を」は小さいことを表す接頭語である。神の名を冠して、船人が立ち寄り祈る浜であることを示している。
 三句「狭けども」は、狭いけれどもの意で、「ども」は逆接の接続助詞である。浜の小ささを認めながら、下の句でそれでも人々が立ち寄ることへと転じる。
 四句「百舟人も」は、多くの船に乗る大勢の船人もの意で、「百」は数の多いことを表す。
 結句「過ぐと言はなくに」は、素通りするとは言わないのにの意である。「なくに」は打消の助動詞「ず」のク語法に助詞「に」が付いた形で、詠嘆を込めた逆接の言いさしとなり、立ち寄れない我が身への嘆きを余韻として残している。

をばま:小さな浜
ふなびと:船に乗る人、船乗り
すぐ:通り過ぎる、素通りする
出典
万葉集
前の歌
木綿畳手向けの山を今日越えて いづれの野辺に廬りせむ我れ
次の歌
長門なる沖つ借島奥まへて 我が思ふ君は千年にもがも