長門なる沖つ借島奥まへて
我が思ふ君は千年にもがも
- 歌の意味
-
長門の沖の借島のように、心の奥深くお慕いしているあなたは、千年も長生きしてほしいものだ。
- 鑑賞
-
巻第六 雑歌 1024
詞書「秋八月二十日、右大臣橘家にして宴する歌四首」
心の奥深く慕っているあなたが千年も長生きしてほしい、と宴の主人である右大臣橘諸兄の長寿を祝う歌である。任地の長門の沖にある借島を序に用い、長門守としての自分の立場から主人への敬慕を述べている。
題詞によれば、秋八月二十日に右大臣橘諸兄の家で開かれた宴の歌四首である。題詞に年の記載はないが、配列から天平十年(738)の宴とみられる。諸兄はこの年の正月に右大臣となっており、その邸での宴に官人たちが集まった。
左注に「右の一首は長門守巨曽倍対馬朝臣」とあり、長門守であった巨曽倍対馬の作と分かる。
作者の巨曽倍対馬は奈良時代の官人で、左注によればこの時は長門守であった。経歴の詳細はあまり伝わっていない。
本歌の「奥まへて」と「千年」は、次歌の第千二十五首で諸兄が「奥まへて我れを思へる」「千年五百年」と、同じ語をそのまま用いて返しており、祝われる側が祝う側の長寿を願い返す対の構図になっている。
初句「長門なる」は、長門国にあるの意で、作者の任国の名をまず掲げている。
二句「沖つ借島」は、沖にある借島の意で、「つ」は連体の格助詞である。初句からここまでが、「沖」と同音の「奥」を導いて三句にかかる序詞となっている。借島の所在ははっきりしない。
三句「奥まへて」は、心の奥深くの意で、序詞の「沖」から音を受けて転じる。遠い任地の海の景から、自らの心の深さへと歌を移している。
四句「我が思ふ君は」は、私が慕うあなたはの意で、宴の主人の橘諸兄を指している。
結句「千年にもがも」は、千年も生きてほしいの意で、「もがも」は願望の終助詞である。主人の長寿を祝う賀の心で一首を結んでいる。
かりしま:長門国の沖にあったとされる島の名
おくまふ:心の奥深く思う
ちとせ:千年、長い年月
- 作者
-
巨曽倍対馬
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
大崎の神の小浜は狭けども 百舟人も過ぐと言はなくに
- 次の歌
-
奥まへて我れを思へる我が背子は 千年五百年ありこせぬかも