河口の野辺に廬りて夜の経れば
妹が手本し思ほゆるかも
- 歌の意味
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河口の野辺に仮の宿りをして幾夜も経ると、妻の手枕が思われてならない。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1029
詞書「十二年庚辰の冬十月、大宰少弐藤原朝臣広嗣の謀反して軍を発すによりて、伊勢国に幸せる時に、河口の行宮にして内舎人大伴宿祢家持が作る歌一首」
河口の野辺に仮の宿りをして夜を重ねるうちに、妻の手枕が思い出されてならない、と旅先で家の妻を恋う歌である。題詞によれば、天平十二年(740)冬十月、大宰少弐藤原広嗣が九州で反乱を起こしたことをきっかけに、聖武天皇が伊勢国へ行幸した折、河口の行宮で内舎人として従っていた大伴家持が作った歌である。
この行幸は、伊勢から美濃、近江を経て山背の恭仁に至るもので、その途中の行宮ごとに詠まれた歌が本巻に続けて並べられている。河口の行宮は、現在の三重県津市白山町川口のあたりにあったとされる。天皇の身辺を護る内舎人として旅を続ける若い家持の、家を思う素直な心情が表れている。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、この時は天皇の側近に仕える内舎人であった。のちに越中守などを歴任し、中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったとされる歌人である。
本歌から第千三十六首までは、同じ行幸の途上の歌が行宮ごとに並んでおり、次歌の第千三十首の聖武天皇の御製「妹に恋ひ」と、本歌の「妹が手本」とが、ともに都に残した妻を思う心で響き合っている。
初句「河口の」は、伊勢国の河口の地の意で、題詞の河口の行宮が置かれた場所を示している。
二句「野辺に廬りて」は、野辺に仮の宿りをしての意で、行宮の周囲で従者たちが仮小屋に宿った旅の様子を表している。
三句「夜の経れば」は、夜が経過するのでの意で、「ば」は確定条件を表す。一夜ではなく幾夜も重なることで、望郷の思いが募っていくことを示している。
四句「妹が手本し」は、妻の袖口、手枕の意で、「し」は強意の副助詞である。共寝の時の妻の腕や袖を思い浮かべている。
結句「思ほゆるかも」は、自然と思われることだの意で、「かも」は詠嘆の終助詞である。抑えようもなく妻が思い出される心を、率直に詠嘆して結んでいる。
いほる:仮小屋を作って宿る
いも:男性から妻や恋人を親しんで呼ぶ語
たもと:袖口、手首のあたり
ふ:時が経つ、経過する
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ますらをの高円山に迫めたれば 里に下り来るむざさびぞこれ
- 次の歌
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妹に恋ひ吾の松原見わたせば 潮干の潟に鶴鳴き渡る