- 歌の意味
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妻を恋しく思って待つという名の吾の松原を見わたすと、潮の引いた干潟に鶴が鳴きながら飛んでいく。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1030
詞書は前の歌に続き「天皇の御製歌一首」
吾の松原を見わたすと、潮の引いた干潟に鶴が鳴きながら飛び渡っていく、と伊勢の海辺の景を詠んだ聖武天皇の歌である。天平十二年(740)冬十月、大宰少弐藤原広嗣の反乱をきっかけに聖武天皇が伊勢国へ行幸した、いわゆる関東行幸の途上の歌である。「妹に恋ひ」と歌い起こすことで、雄大な海辺の眺めに、都に残した人を恋う旅の心を添えている。
左注には「今案ふるに、吾の松原は三重郡に在り、河口の行宮を相去ること遠し。若しくは朝明の行宮に御在しし時に製りませる御歌を、伝ふる者誤れるか」とある。吾の松原は伊勢国三重郡にあって河口の行宮から遠いため、実際には次の朝明の行宮に滞在した時の御製が、伝える者の誤りでここに置かれたのではないか、という編者の推測である。
作者の聖武天皇は文武天皇の皇子で、母は藤原宮子である。神亀元年(724)に即位し、この行幸の後、恭仁京、紫香楽宮、難波宮と都を移し、東大寺の大仏造立を発願した天皇として知られる。
前歌の第千二十九首で家持が「妹が手本し思ほゆるかも」と野辺の宿りに妻を思ったのに対し、本歌は天皇が同じく「妹に恋ひ」と歌い起こしながら、広々とした干潟の景へと目を転じており、同じ旅の歌として響き合っている。
初句「妹に恋ひ」は、妻を恋しく思っての意で、恋しく思って「吾が待つ」の意から、二句の地名「吾の松原」にかかる枕詞である。「松」に「待つ」を掛けて、地名に恋の心を重ねている。
二句「吾の松原」は、伊勢国三重郡にあった松原の名で、左注によれば河口の行宮から遠く離れた地である。
三句「見わたせば」は、見わたすとの意で、「ば」は確定条件を表す。視界を大きく開いて、下の句の景へと導いている。
四句「潮干の潟に」は、潮の引いた干潟にの意で、広々とした伊勢の海辺の景を示している。
結句「鶴鳴き渡る」は、鶴が鳴きながら飛んでいくの意で、「たづ」は鶴の歌語である。干潟に響く鶴の声と飛ぶ姿で、旅の寂しさをにじませつつ雄大な景を描いて結んでいる。
いも:男性から妻や恋人を親しんで呼ぶ語
しほひ:潮が引くこと、干潮
かた:干潟、遠浅の海岸
たづ:鶴
- 作者
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聖武天皇
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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河口の野辺に廬りて夜の経れば 妹が手本し思ほゆるかも
- 次の歌
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後れにし人を思はく思泥の崎 木綿取り垂でて幸くとぞ思ふ