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関なくは帰りにだにもうち行きて
妹が手枕まきて寝ましを

歌の意味
関がなかったならば、せめて一度帰るだけでも出かけて行って、妻の手枕をして寝ただろうに。
鑑賞
巻第六 雑歌 1036

詞書は前の歌に続き「不破の行宮にして大伴宿祢家持が作る歌一首」
 関がなかったなら、せめて帰るだけでもひと走り行って、妻の手枕で寝ただろうに、と行く手を阻む関所を恨みながら妻を恋う歌である。天平十二年(740)冬十月、大宰少弐藤原広嗣の反乱をきっかけに聖武天皇が伊勢国へ行幸した、いわゆる関東行幸の途上の歌である。行幸は美濃国に入り、不破の行宮に至った。
 不破の行宮は、美濃国不破郡、現在の岐阜県不破郡関ケ原町のあたりに置かれ、近くには古代の三関の一つである不破の関があった。関所に隔てられて自由に帰れない行幸の旅の身を、「関なくは」という仮定に託して嘆いている。
 作者の大伴家持は大伴旅人の子で、この時は天皇の側近に仕える内舎人であった。のちに越中守などを歴任し、中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったとされる歌人である。

 本歌の「妹が手枕まきて」は、本巻の第千三十二首の「我妹子が手枕まかず」を裏返した表現で、手枕をしないまま月日が経った嘆きに対し、手枕をして寝たいという願いを反実仮想の形で述べ、行幸の途上の家持の望郷の歌をしめくくっている。
 初句「関なくは」は、関がなかったならばの意で、「関」は近くにあった不破の関を指す。「なくは」は仮定条件を表し、結句の「ましを」と呼応する。
 二句「帰りにだにも」は、せめて帰るためだけにでもの意で、「だに」は最小限の望みを表す副助詞である。長くは居られなくても、という切実な思いを示している。
 三句「うち行きて」は、さっと出かけて行っての意で、「うち」は動作を軽く勢いよく行うことを表す接頭語である。
 四句「妹が手枕」は、妻の腕を枕にすることの意で、行幸の途上で繰り返し思われる共寝の記憶を表している。
 結句「まきて寝ましを」は、枕にして寝ただろうにの意で、「ましを」は反実仮想の助動詞「まし」に助詞「を」が付いた形である。初句の仮定を受け、かなわない願いを嘆いて結んでいる。

せき:関所、通行を取り締まる所
たまくら:腕を枕にすること、手枕
まく:枕にする、共寝する
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
田跡川の滝を清みかいにしへゆ 宮仕へけむ多芸の野の上に
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今造る久迩の都は山川の さやけき見ればうべ知らすらし