故郷は遠くもあらず一重山
越ゆるがからに思ひぞ我がせし
- 歌の意味
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故郷は遠くもない。一重の山を越えるというだけで、私は物思いをしたことだ。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1038
詞書「高丘河内連が歌二首」
故郷は遠くもないのに、一重の山を越えるというだけで、私は物思いをしてしまった、と山一つ隔てた故郷を恋う歌である。題詞に「高丘河内連が歌二首」とあり、久迩京の時代の歌の間に置かれていることから、この頃の作とみられる。「故郷」は、久迩京に対して旧都の奈良を指すと解されることが多く、「一重山」は両者を隔てる奈良山を指すとみられる。
距離としてはわずかであっても、山一つ越えただけで故郷を離れた寂しさを覚えるという心の動きを、率直に言い表している。遷都によって住み慣れた奈良を離れた官人たちの思いを代弁する歌でもある。
作者の高丘河内は百済系の渡来人の家系の出身で、もとは楽浪河内といい、神亀元年(724)に高丘連の姓を賜った。右京亮、造宮輔、大学頭などを務め、学識のある官人として知られる。
本歌と次歌の第千三十九首は、ともに山を詠み込み、本歌が一重の山に隔てられた故郷への思いを、次歌が山が高くて月の照らない里を詠んで、山が人と人、人と景を隔てるという趣向を共有している。
初句「故郷は」は、なじみ深い土地、旧都の意で、ここでは旧都の奈良を指すとみられる。
二句「遠くもあらず」は、遠くもないの意で、「も」は強意の係助詞である。ここで意味が切れる二句切れとなり、距離の近さを先に言い切っている。
三句「一重山」は、ひと重なりの山、山一つの意で、重なる山々ではなくわずか一つの山であることを強調している。
四句「越ゆるがからに」は、越えるというだけでの意で、「からに」はわずかなことが原因となることを表す。小さな隔たりが大きな思いを生むことを示している。
結句「思ひぞ我がせし」は、私は物思いをしたことだの意である。係助詞「ぞ」を受けて、過去の助動詞「き」の連体形「し」で結ぶ係り結びとなり、故郷を恋う思いを強く表している。
ふるさと:なじみ深い土地、旧都
ひとへやま:ひと重なりの山、山一つ
- 作者
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高丘河内
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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今造る久迩の都は山川の さやけき見ればうべ知らすらし
- 次の歌
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我が背子とふたりし居らば山高み 里には月は照らずともよし