ひさかたの雨は降りしけ思ふ子が
やどに今夜は明かして行かむ
- 歌の意味
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雨よ、いくらでも降りしきるがよい。慕わしく思う人の家で、今夜は夜を明かしてから帰ろう。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1040
詞書「安積親王、左少弁藤原八束朝臣の家に宴する日に、内舎人大伴宿祢家持が作る歌一首」
雨は降りしきるがよい、そのおかげで慕わしい人の家で今夜は夜を明かしていこう、と詠む歌である。詞書によれば、安積親王が左少弁藤原八束の家で宴を催した日に、内舎人であった大伴家持が詠んだものである。恋人の家に泊まる趣向に託して、宴の主の家を去りがたい思いを述べた、宴席の挨拶の歌とみられる。
安積親王は聖武天皇の皇子で、天平十六年(744)閏正月に十七歳で急逝している。藤原八束は藤原房前の子で、のちに真楯と名を改めた人物である。本歌は天平十五年(743)八月の家持の久迩京讃歌(本巻の第千三十七首)と、天平十六年正月の宴の歌(次歌の第千四十一首)の間に置かれており、久迩京の時代の宴の歌とみられる。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、このころ内舎人として聖武天皇の身辺に仕えていた。のちに中納言に至り、万葉集の編纂に深くかかわったとされる奈良時代を代表する歌人である。
初句「ひさかたの」は、天や天にかかわるものにかかる枕詞で、ここでは「雨」を導いている。
二句「雨は降りしけ」は、雨よしきりに降れの意である。「降りしけ」は「降りしく」の命令形で、帰れなくなることをかえって願う気持ちを表す。ここで意味が切れる二句切れの歌である。
三句「思ふ子が」は、心に思う愛しい人の意である。恋の歌の言い回しを用いて、宴の主人やその家への親しみを表している。
四句「やどに今夜は」は、その人の家で今夜はの意で、「は」によって今夜という一夜を取り立てている。
結句「明かして行かむ」は、夜を明かしてから帰ろうの意である。「む」は意志を表す助動詞で、雨を口実に宴に留まろうとする心を晴れやかに言い切っている。
ふりしく:雨や雪がしきりに降る
やど:家、住まい
こよひ:今夜
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が背子とふたりし居らば山高み 里には月は照らずともよし
- 次の歌
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我がやどの君松の木に降る雪の 行きには行かじ待にし待たむ