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我がやどの君松の木に降る雪の
行きには行かじ待にし待たむ

歌の意味
我が家の、君を待つという名の松の木に降る雪のように、こちらから行くことはすまい。ひたすら待ちに待とう。
鑑賞
巻第六 雑歌 1041

詞書「十六年甲申の春正月五日、諸卿大夫、安倍虫麻呂朝臣の家に集ひて宴する歌一首[作者審らかならず]」
 我が家の松の木に降る雪の「ゆき」ではないが、こちらから行くことはすまい、ひたすら待とう、と詠む歌である。詞書によれば、天平十六年(744)正月五日、諸卿大夫が安倍虫麻呂の家に集まって宴を開いたときの歌である。「松」に「待つ」を、「雪」に「行き」を響かせる言葉遊びを重ね、正月の雪の景を詠み込みながら、訪れる客を待つ主人の心、あるいは人を待ち続ける恋の心を述べた宴席歌である。
 本歌は、題詞に「作者審らかならず」と注されており、作者は未詳である。宴の主である安倍虫麻呂の立場で詠まれたとみる余地もあるが、確かなことはわからない。

 前歌の第千四十首が「行かむ」と帰ることを詠んだのに対し、本歌は「行きには行かじ」と行かないことを詠み、客として去りがたい心と主人として待つ心が、宴席歌の並びの中で対をなしている。
 初句「我がやどの」は、我が家のの意で、宴の場である家の庭の景から歌い起こしている。
 二句「君松の木に」は、「松」に「待つ」を掛け、君を待つという名をもつ松の木にの意となる掛詞である。次の第千四十二首、第千四十三首も松を詠んでおり、松を詠む歌が三首続く配列となっている。
 三句「降る雪の」は、ここまでの上の句が「雪」と同音の「行き」を導く序詞である。正月の宴にふさわしい雪の景でもある。
 四句「行きには行かじ」は、行くことは決してすまいの意である。「行き」「行か」と同じ語を重ね、「じ」は打消の意志を表す助動詞である。
 結句「待にし待たむ」は、待ちに待とうの意で、四句と同じく同語を重ねた強調表現である。二句の「松」の掛詞がここで「待つ」として結ばれ、一首の言葉遊びが完結する。

やど:家、住まい
まつ:松の木の意と、人を待つ意を掛ける
ゆき:降る雪の意と、行くことの意を響かせる
出典
万葉集
前の歌
ひさかたの雨は降りしけ思ふ子が やどに今夜は明かして行かむ
次の歌
一つ松幾代か経ぬる吹く風の 音の清きは年深みかも