たち変り古き都となりぬれば
道の芝草長く生ひにけり
- 歌の意味
-
時世が移り変わって古い都となってしまったので、道の芝草が長く生い茂ってしまった。
- 鑑賞
-
巻第六 雑歌 1048
詞書は前の歌に続き「反歌二首」
時世が移り変わって奈良が古い都となってしまったので、道の芝草が長く伸びてしまった、と詠む歌である。直前の長歌(第千四十七首)は「寧楽の故郷を悲しびて作る歌」と題され、久迩京への遷都によって大宮人の通っていた道が「馬も行かず人も行かねば荒れにけるかも」と荒れてしまったことを嘆いている。この反歌は、その荒れた道のありさまを、長く伸びた芝草という一つの景に集めている。
本歌を含む第千四十七首から巻末の第千六十七首までの二十一首は、巻末の左注に「右の二十一首は、田辺福麻呂の歌集の中に出づ」とある。左注により田辺福麻呂歌集から採られた歌であり、福麻呂の作とみられる。
作者の田辺福麻呂は奈良時代中期の歌人で、天平二十年(748)には造酒司の令史として左大臣橘諸兄の使者を務めている。宮廷の儀礼的な長歌の伝統を受け継いだ、万葉集の最後期を代表する歌人の一人とされる。
作者不審の三首(本巻の第千四十四首から第千四十六首)に続き、奈良の都の荒廃を嘆く歌が再び並ぶ。本歌の「たち変り」は、のちの久迩京の荒墟を悲しむ反歌(第千六十一首)の結句「たち変りける」と同じ語を共有し、奈良の都と久迩の都がともに移り変わっていくさまを示す対応となっている。
初句「たち変り」は、時世が移り変わっての意で、都が移されたことを指している。
二句「古き都と」は、奈良がすでに古い都となったことをいう。長歌の題にある「故郷」と同じく、かつての都を指す言い方である。
三句「なりぬれば」は、なってしまったのでの意で、已然形に「ば」が付いて確定の条件を表している。
四句「道の芝草」は、道に生える芝草の意である。長歌の「大宮人の踏み平し通ひし道」を受けており、人に踏まれることのなくなった道を示している。
結句「長く生ひにけり」は、長く生い茂ってしまったことだの意である。「けり」は気づきの詠嘆を表し、長歌の結びの「荒れにけるかも」と響き合っている。
しばくさ:道端などに生える丈の低い雑草
おふ:草木が生える
- 作者
-
田辺福麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
岩綱のまた変若ちかへりあをによし 奈良の都をまたも見むかも
- 次の歌
-
なつきにし奈良の都の荒れゆけば 出で立つごとに嘆きし増さる