娘子らが続麻懸くといふ鹿背の山
時しゆければ都となりぬ
- 歌の意味
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娘子たちが紡いだ麻糸を掛けるという桛、その名をもつ鹿背の山は、時が移ったので都となった。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 1056
詞書は前の歌に続き「反歌五首」
娘子たちが績んだ麻糸を掛けるという桛と同じ名の鹿背の山が、時が移り変わって都となった、と詠む歌である。直前の長歌(第千五十三首)は「久迩の新京を讃むる歌」二首の二首目で、布当の宮を、木々の茂る山、落ちたぎつ瀬の音の清さ、春の鴬、秋のさを鹿などの景とともに讃え、「百代にも変るましじき大宮所」と結んでいる。本歌はその反歌五首の三首目で、長歌に「鹿背の山の際に宮柱太敷きまつり」と詠まれた、宮のそばの鹿背山を取り上げている。ひなびた山里であった土地が都に変わった驚きと喜びを述べている。
鹿背山は泉川の南岸、現在の京都府木津川市にある山である。
本歌を含む第千四十七首から巻末の第千六十七首までの二十一首は、巻末の左注に「右の二十一首は、田辺福麻呂の歌集の中に出づ」とある。左注により田辺福麻呂歌集から採られた歌であり、福麻呂の作とみられる。
作者の田辺福麻呂は奈良時代中期の歌人で、天平二十年(748)には造酒司の令史として左大臣橘諸兄の使者を務めている。宮廷の儀礼的な長歌の伝統を受け継いだ、万葉集の最後期を代表する歌人の一人とされる。
本歌の「都となりぬ」は、奈良の荒廃を嘆く第千四十八首の「古き都となりぬれば」と同じ言い回しを反転させたもので、奈良が古い都となる一方で、鹿背の山のあたりが新しい都となったという対照をなしている。また次歌の第千五十七首も「鹿背の山」を詠み、二首で同じ山を取り上げている。
初句「娘子らが」は、娘子たちがの意で、糸を紡ぐ女性たちの日々の営みから歌い起こしている。
二句「続麻懸くといふ」は、績んだ麻糸を掛けるというの意である。初句からここまでが、糸を掛けて巻き取る道具の「桛」と同じ音の「鹿背」を導く序詞である。
三句「鹿背の山」は、久迩京のそばにある山の名で、体言で一首の主題を示している。
四句「時しゆければ」は、時が移っていったのでの意である。「し」は強意の助詞で、時の移り変わりを強めている。
結句「都となりぬ」は、都となったの意で、「ぬ」は完了の助動詞である。山里が都へと変わったことを、簡潔な言い切りで印象づけている。
うみを:麻を細く裂いて長く績みつないだ糸
かせ:紡いだ糸を掛けて巻き取る道具、桛
- 作者
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田辺福麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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布当山山なみ見れば百代にも 変るましじき大宮所
- 次の歌
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鹿背の山木立を茂み朝さらず 来鳴き響もす鴬の声