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鹿背の山木立を茂み朝さらず
来鳴き響もす鴬の声

歌の意味
鹿背の山は木立が茂っているので、毎朝やって来ては鳴き響かせている、鴬の声よ。
鑑賞
巻第六 雑歌 1057

詞書は前の歌に続き「反歌五首」
 鹿背の山は木立が茂っているので、毎朝やって来ては鴬が声を響かせている、と詠む歌である。直前の長歌(第千五十三首)は「久迩の新京を讃むる歌」二首の二首目で、布当の宮を、木々の茂る山、落ちたぎつ瀬の音の清さ、春の鴬、秋のさを鹿などの景とともに讃え、「百代にも変るましじき大宮所」と結んでいる。本歌はその反歌五首の四首目で、長歌の「鴬の来鳴く春へは」を受け、新しい都のそばの山に朝ごとに響く鴬の声によって、都の春のにぎわいを讃えている。
 久迩京は、天平十二年(740)の末に聖武天皇が都と定めた山背国の都で、宮の跡は現在の京都府木津川市加茂町にある。三香の原はその一帯の野、布当はその宮のあたりの地名である。
 本歌を含む第千四十七首から巻末の第千六十七首までの二十一首は、巻末の左注に「右の二十一首は、田辺福麻呂の歌集の中に出づ」とある。左注により田辺福麻呂歌集から採られた歌であり、福麻呂の作とみられる。
 作者の田辺福麻呂は奈良時代中期の歌人で、天平二十年(748)には造酒司の令史として左大臣橘諸兄の使者を務めている。宮廷の儀礼的な長歌の伝統を受け継いだ、万葉集の最後期を代表する歌人の一人とされる。

 前歌の第千五十六首と同じ「鹿背の山」を詠み、前歌が山の名から都となった変化を述べたのに対し、本歌は山の木立と鳥の声という景を描いている。また、本歌の鴬が「来鳴き響もす」のに対し、次歌の第千五十八首の霍公鳥は「ここに通はず」と詠まれ、来る鳥と来ない鳥が対をなしている。
 初句「鹿背の山」は、前歌と同じ山の名で歌い起こしている。
 二句「木立を茂み」は、木立が茂っているのでの意である。「を」と「茂み」のミ語法によって理由を表している。
 三句「朝さらず」は、朝ごとに、毎朝の意で、鴬の声が日々絶えないことを示している。
 四句「来鳴き響もす」は、やって来て鳴き、その声を響かせるの意である。長歌の「鴬の来鳴く春へは」を受けている。
 結句「鴬の声」は、体言止めによって、山に響く鴬の声そのものを印象づけている。

こだち:群がって立つ木々
とよもす:声や音を響かせる
作者
田辺福麻呂
出典
万葉集
前の歌
娘子らが続麻懸くといふ鹿背の山 時しゆければ都となりぬ
次の歌
狛山に鳴く霍公鳥泉川 渡りを遠みここに通はず