我が背子をこち巨勢山と人は言へど
君も来まさず山の名にあらし
- 歌の意味
-
愛しいあの方をこちらへ来させる巨勢山だと人は言うけれど、あの方はいっこうにいらっしゃらない。それは山の名ばかりのことらしい。
- 鑑賞
-
巻第七 雑歌 1097
詞書は前の歌に続き「山を詠む」
「こちらへ来させよ」という意味を名に含む巨勢山であるのに、恋しい人は一向に訪れないと嘆く一首である。地名の音にかけた言葉遊びに、待つ女性の恨めしさがこもっている。
山を詠む歌群の中の一首で、地名を恋の思いに引き寄せる趣向は、次歌の二上山の歌にも通じる。作者は未詳である。
初句「我が背子を」は、私の愛しい夫を、の意で、女性の立場の歌であることを示す。
二句「こち巨勢山と」は、「こち来せ(こちらへ来させよ)」と「巨勢山」とを掛けた表現で、あの人をこちらへ来させる山と、の意。字余りの句である。
三句「人は言へど」は、人は言うけれども、の意で、これも字余りである。
四句「君も来まさず」は、あなたもいらっしゃらない、の意。「来ます」は「来」の尊敬語である。
結句「山の名にあらし」の「らし」は推定で、それは山の名だけのことらしい、と恨みを込めて結ぶ。
こせやま:地名「巨勢山」に、「こち来せ(こちらへ来させよ)」の意を掛ける
せこ:女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
いにしへのことは知らぬを我れ見ても 久しくなりぬ天の香具山
- 次の歌
-
紀道にこそ妹山ありといへ玉櫛笥 二上山も妹こそありけれ