行く川の過ぎにし人の手折らねば
うらぶれ立てり三輪の桧原は
- 歌の意味
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流れ去る川のように過ぎ去ってしまった人が手折らないので、しおれたように立っている、三輪の檜原は。
- 鑑賞
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巻第七 雑歌 1119
詞書は前の歌に続き「葉を詠む」
過ぎ去った人がもう枝を手折ることがないので、三輪の檜原がしょんぼりと立っていると詠む一首である。檜原を人に見立て、亡き人を悼む悲しみを風景に託している。
前歌と一対をなし、前歌が古人と自分とを重ねて挿頭を折るのに対し、この歌は手折る人のいない檜原の寂しさを詠む。前歌の四句「三輪の桧原に」とこの歌の結句「三輪の桧原は」とが呼応し、二首は三輪の檜原で結ばれている。
左注に「右二首柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ」とあり、柿本人麻呂歌集所出の歌である。
初句「行く川の」は、流れ去る川の意で、「過ぎ」にかかる枕詞である。
二句「過ぎにし人の」は、過ぎ去った人、亡くなった人が、の意である。
三句「手折らねば」は、手折らないので、の意。已然形に「ば」を付けた確定条件である。
四句「うらぶれ立てり」の「うらぶる」は、心がしおれる意。檜原を人に見立て、しょんぼりと立っている、と言い切る四句切れである。
結句「三輪の桧原は」は、倒置により主語を後から示す。前歌の四句と対応している。
うらぶる:心がしおれる、悲しみに沈む
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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いにしへにありけむ人も我がごとか 三輪の桧原にかざし折りけむ
- 次の歌
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み吉野の青根が岳の蘿むしろ 誰れか織りけむ経緯なしに