ちはや人宇治川波を清みかも
旅行く人の立ちかてにする
- 歌の意味
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宇治川の川波が清らかだからだろうか、旅をゆく人が立ち去りかねているのは。
- 鑑賞
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巻第七 雑歌 1139
詞書は前の歌に続き「山背にて作る」
旅人たちが宇治川のほとりから立ち去りかねているのは、川波が清らかだからであろうかと推し量る一首である。宇治川の美しさが、去りがたい旅人の姿を通して間接的に讃えられている。
山背にて作る歌の最後の一首で、宇治川の急流を詠んできた歌群を、川波の清らかさへの讃美で締めくくっている。作者は未詳である。
初句「ちはや人」は、勇猛な人の意で、「宇治」にかかる枕詞である。
二句「宇治川波を」は、宇治川の川波が、の意である。
三句「清みかも」は、清らかだからだろうか、の意。ミ語法に疑問の「かも」を添え、結句の連体形「する」と呼応する。
四句「旅行く人の」は、旅をしてゆく人が、の意である。
結句「立ちかてにする」は、立ち去りかねている、の意。「かて」は〜できない意で、「かも」を受けて連体形で結ぶ。
ちはやひと:勇猛な人。「宇治」にかかる枕詞となる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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宇治川を舟渡せをと呼ばへども 聞こえざるらし楫の音もせず
- 次の歌
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しなが鳥猪名野を来れば有馬山 夕霧立ちぬ宿りはなくて