今日もかも沖つ玉藻は白波の
八重をるが上に乱れてあるらむ
- 歌の意味
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今日もまた、沖の美しい藻は、白波が幾重にも折り重なるその上で、乱れ漂っているだろうか。
- 鑑賞
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巻第七 雑歌 1168
詞書は前の歌に続き「羈旅にて作る」
沖の美しい藻が、今日も幾重にも重なる白波の上で乱れ漂っているだろうかと思いやる一首である。今は見えない沖の景を心に描き、海の美しさへの思いを表している。
本巻の第千百五十五首「名児の海の朝明のなごり今日もかも磯の浦廻に乱れてあるらむ」と語句を共有し、同じ型で海辺の景を思いやる歌である。作者は未詳である。
初句「今日もかも」は、今日もまた〜だろうか、の意。「かも」は疑問で、結句の「らむ」と呼応する。第千百五十五首の三句と同じ語である。
二句「沖つ玉藻は」は、沖の美しい藻は、の意である。
三句「白波の」は、白波の、の意である。
四句「八重をるが上に」の「八重をる」は、波が幾重にも折り重なる意で、字余りの句である。
結句「乱れてあるらむ」は、乱れているだろうか、の意。第千百五十五首と同じ結句である。
たまも:藻の美称
やへをる:波が幾重にも折り重なる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あさりすと磯に我が見しなのりそを いづれの島の海人か刈りけむ
- 次の歌
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近江の海港は八十ちいづくにか 君が舟泊て草結びけむ