足柄の箱根飛び越え行く鶴の
羨しき見れば大和し思ほゆ
- 歌の意味
-
足柄の箱根の山を飛び越えてゆく鶴のうらやましい姿を見ると、故郷の大和が思い出される。
- 鑑賞
-
巻第七 雑歌 1175
詞書は前の歌に続き「羈旅にて作る」
箱根の山を軽々と飛び越えてゆく鶴を見て、その自由な姿をうらやみ、故郷の大和を思う一首である。自在に空を行く鶴と、山越えに苦労する旅の身との対比が、望郷の思いを深めている。
羈旅にて作る歌の一首で、東国の旅を詠んでいる。結句「大和し思ほゆ」は本巻の第千二百十九首にも見え、旅先で故郷を思う望郷の結びとなっている。作者は未詳である。
初句「足柄の」は、相模の足柄の地の、の意である。
二句「箱根飛び越え」は、箱根の山を飛び越えて、の意で、字余りの句である。
三句「行く鶴の」は、飛んでゆく鶴の、の意である。
四句「羨しき見れば」の「羨し」は、うらやましい意で、うらやましい姿を見ると、の意となる。
結句「大和し思ほゆ」は、大和が自然と思い出される、の意。第千二百十九首と同じ結句である。
たづ:鶴
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
霰降り鹿島の崎を波高み 過ぎてや行かむ恋しきものを
- 次の歌
-
夏麻引く海上潟の沖つ洲に 鳥はすだけど君は音もせず