若狭なる三方の海の浜清み
い行き帰らひ見れど飽かぬかも
- 歌の意味
-
若狭にある三方の海の浜が清らかなので、行ったり来たりして見ても、見飽きることがない。
- 鑑賞
-
巻第七 雑歌 1177
詞書は前の歌に続き「羈旅にて作る」
若狭の三方の海の浜があまりに清らかなので、何度行き来して見ても見飽きないと讃える一首である。「見れど飽かぬ」という土地讃美の型によって、三方の浜の美しさが率直に讃えられている。
羈旅にて作る歌の一首で、三方の海は若狭の三方五湖のあたりとされる。結句「見れど飽かぬかも」は万葉集に多い讃美の型で、本巻の第千百二十八首の「飲めど飽かぬかも」とも通じる。作者は未詳である。
初句「若狭なる」は、若狭の国にある、の意である。
二句「三方の海の」は、若狭の三方の海の、の意である。
三句「浜清み」は、浜が清らかなので、の意のミ語法である。
四句「い行き帰らひ」の「い」は接頭語で、「帰らふ」は繰り返し帰る意。行ったり来たりして、の意となる。
結句「見れど飽かぬかも」は、いくら見ても飽きないことよ、の意。第千百二十八首の結句と対応する讃美の型で、字余りの句である。
いゆく:行く
かへらふ:何度も帰る、行き来する
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
夏麻引く海上潟の沖つ洲に 鳥はすだけど君は音もせず
- 次の歌
-
印南野は行き過ぎぬらし天伝ふ 日笠の浦に波立てり見ゆ