印南野は行き過ぎぬらし天伝ふ
日笠の浦に波立てり見ゆ
- 歌の意味
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印南野はもう通り過ぎたらしい。日笠の浦に波が立っているのが見える。
- 鑑賞
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巻第七 雑歌 1178
詞書は前の歌に続き「羈旅にて作る」
日笠の浦に波が立つのが見えることから、舟がすでに印南野の沖を通り過ぎたらしいと知る一首である。海上から陸の地名を目印に旅の進み具合を確かめる、船旅の実感が表れている。
羈旅にて作る歌の一首で、播磨の海を行く船旅を詠む。本文には「一に云ふ、飾磨江は漕ぎ過ぎぬらし」という異伝が添えられ、目印とする地を飾磨江として伝える本もあった。作者は未詳である。
初句「印南野は」は、播磨の加古川流域に広がる野をいう。
二句「行き過ぎぬらし」は、通り過ぎたらしい、の意。「らし」は推定で、二句切れとなる。
三句「天伝ふ」は、空を伝い行く日の意から、「日」にかかる枕詞である。
四句「日笠の浦に」は、播磨の地名である。
結句「波立てり見ゆ」は、波が立っているのが見える、の意で、二句の推定の根拠を示す。
いなみの:播磨の加古川下流域の野
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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若狭なる三方の海の浜清み い行き帰らひ見れど飽かぬかも
- 次の歌
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家にして我れは恋ひむな印南野の 浅茅が上に照りし月夜を