足代過ぎて糸鹿の山の桜花
散らずもあらなむ帰り来るまで
- 歌の意味
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足代を過ぎて越えてゆく糸鹿の山の桜の花よ、散らずにいてほしい。私が帰って来るまで。
- 鑑賞
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巻第七 雑歌 1212
詞書は前の歌に続き「羈旅にて作る」
足代を過ぎて越えてゆく糸鹿の山に咲く桜に、自分が帰って来るまで散らずにいてほしいと願う一首である。旅の途中で目にした桜の美しさへの愛着と、帰途に再び見たいという思いが表れている。
本巻の第千百八十八首が岩つつじに「我が来るまでに」咲かずに待てと願ったのと同じ趣向で、帰りまで花が変わらずにあることを願っている。糸鹿山は紀伊の有田郡の山とされる。古集に出る歌とされる。作者は未詳である。
初句「足代過ぎて」は、足代の地を過ぎて、の意。足代は紀伊の地名で、字余りの句である。
二句「糸鹿の山の」は、紀伊の糸鹿山の、の意である。
三句「桜花」は、桜の花をいう。
四句「散らずもあらなむ」の「なむ」は他に対する願望の終助詞で、散らずにいてほしい、の意。四句切れとなる。
結句「帰り来るまで」は、私が帰って来るまで、の意。倒置で期限を添えており、第千百八十八首の四句「我が来るまでに」と対応する。
いとかやま:紀伊の山の名
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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妹があたり今ぞ我が行く目のみだに 我れに見えこそ言問はずとも
- 次の歌
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名草山言にしありけり我が恋ふる 千重の一重も慰めなくに